日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

天正13年5月8日羽柴秀長宛羽柴秀吉朱印状写

態申遣候、仍先書*1ニ如申候、四国へ出馬之事、来月三日弥相極候、然者其方事、半分人数召連可罷立候、船等事、堺*2を限泉紀*3諸浦*4之事、舟数書立、扶持方*5遣、其方衆可相越候、堺へハ自此方*6申付候間、堺より南之船共へ計、扶持かた儀可念入候、熊野衆*…

天正13年4月22日羽柴秀吉仕置条目

一、今度至泉州表出馬、千石堀*1其外諸城同時ニ責崩、悉刎首、則至根来・雑賀押寄処、一剋も不相踏*2、北散*3段無是非候*4、然者両国至土民百姓者、悉可刎首与思食*5候へ共、以寛宥儀*6、地百姓儀者依免置、至其在〻如先〻立帰候事、 一、太田村*7事、今度可…

天正13年4月10日高野山宛羽柴秀吉判物

一①、大師手印*1、一書面明鏡上者、如当知行高野山*2可為寺領事、 一②、高野山押領*3地於在之者、大師手印従当山被相破*4条、行〻者当山可為滅亡基条、可有其分別候事、 一③、寺僧*5行人*6、其外僧徒*7学文*8嗜無之、不謂武具鉄炮以下被拵置段、悪逆無道歟事…

天正13年4月5日生駒(甚介カ)宛羽柴秀吉朱印状

此表為音信、書状并道服*1一・熨斗鮑*2千本到来、祝着候、随而両国*3事、無残所任平均*4候、然者雑賀一揆原*5逃後、紛味方路次之成妨者、所〻在之条、向後為懲*6候間、築堤水責*7ニさせ、一人も不漏可責殺*8調儀候、二三日之中ニ可落居候、尚委細細井*9可申…

天正13年3月27日前田玄以宛羽柴秀吉朱印状

尚以菓子・扇、祝着候 為音信書状并菓子二折*1被越候、祝着候、仍此表事、先書委細申遣候つる、定可為参着候、泉州*2事者不及申、当国*3儀も無残所任存分候、既湯河館*4迄人数差遣候処、無行方逃散候、然者雑賀内*5ニ一揆張本人楯籠候間*6、為懲鹿垣*7を結廻…

天正13年3月24日白樫宛羽柴秀吉朱印状写

書状加披見候、 一、今度之忠節感悦候、依其令出馬根来寺*1押詰*2、悉令放火候、明日平次*3城江陣替候而、紀之湊*4要害可申付与見及*5候、 一、湯川*6事、何とそ候て不宜様調義*7候而、可加成敗候、追〻中村孫平次*8・九鬼右馬允*9其外差越、其上秀吉可出馬…

天正13年3月17日大円坊宛羽柴秀吉書状

(包紙ウハ書) 「 大円坊*1 秀吉 」 去正月廿一日之書状令披見候、仍佐竹*2・佐修*3・天徳寺*4・宇都宮*5書状、何も及返札*6候、能〻可被相届*7候、随而当表*8之儀、無残所属存分候、将又其表事、去秋以来*9義重*10・氏直*11雖対陣候、依為節所*12互被納馬*…

天正12年7月23日久徳新介宛羽柴秀吉朱印状

就用水之儀、河尻与四郎*1与其方申分在之由候、先年与兵衛尉*2並左近兵衛尉*3時、美濃守*4双方之申分聞届相済候由候、所詮最前之儀者不入*5候、向後三分一高宮*6へ用水可相通候、為其申越候、恐〻謹言、 筑前守 七月廿三日*7 秀吉(朱印) 久徳新介殿*8 進之…

天正12年7月8日梶原政景宛羽柴秀吉書状

五月十五日之御状、当月六日参着、致拝見候、仍北条氏直至于其国*1相動付而、義重*2被乗向御対陣之由候、可被属*3御存分事、不可有程候、将又尾濃*4其外悉任存分候之条、可御心安候、然者休息人馬候、来八月ニ北国西国人数相催、遠三両国*5迄押詰*6、可相働*…

天正12年6月15日羽柴秀吉楽田表加勢衆書上

かくてん*1表加勢衆其外六月廿日より十日分被遣候衆之事 三百人 伊藤かもん*2 弐百五十人 福島市兵衛*3 (中略) 四千四百七拾人 御次殿*4 合壱万千弐百人 ・・・・・・① 右十日分八木*5、合五百六拾石 ・・・ ・・・② 都合*6千弐百九拾五石可相渡者也、 ・…

天正12年5月2日尾張領内裁許につき羽柴秀吉覚

覚 一、池田紀伊守*1犬山*2在之三千貫余*3被召置候分、先〻*4作内*5百姓をも召出、裁許可仕事、 一、羽黒*6領廻*7儀者、山内伊右衛門尉*8裁許いたすへき事、 一、楽田*9廻、其外小牧原*10ゟ東しのぎ*11辺、成次第*12左衛門督*13百姓をも可召出事、 一、従尾…

天正12年4月11日木曽義昌宛羽柴秀吉書状写

尚号根城*1、尾口*2・楽田*3要害、丈夫ニ普請申付候、 去八日御札、今十一日令拝見候、仍此面儀弥無異*4儀候、併一昨日九日、池田勝入*5・森武蔵*6三州*7境目相動、岩崎城*8責崩、首数多討捕、得大利*9候処、即岡崎*10面へ深々与相動、及一戦失勝利*11候、定…

天正12年3月22日郷戸外四箇所宛羽柴秀吉朱印状

当川*1渡之儀、昼夜無由断可渡候、然者兵粮米可出遣候之条、得其意可精入候、猶佐藤主計*2・春日小左衛門尉*3可申候也、 三月廿二日*4 秀吉(朱印) 郷戸*5 呂久*6 しつけ*7 喜田*8 『秀吉文書二』981号、12頁 (書き下し文) 当川渡之儀、昼夜無由断可渡候…

天正12年1月日城州久世郡宇治郷宛羽柴秀吉禁制

禁制 城州久世郡宇治郷*1 一、他郷之者、号*2宇治茶、似銘袋*3至諸国令商買*4事、 一、国質所質、付押売*5押買*6事*7、 一、理不尽之催促*8并請取沙汰*9事、 一、陣取寄宿事、 一、喧嘩口論、諸事非分族申懸事、 右条々堅令停止*10訖、若於違犯*11輩者、速可…

天正19年3月12日井戸村与六宛八郎右衛門作職書上(抄出)

第1巻をあらかた読み終えたので、口直しに井戸村家文書を読んでみたい。なお2020年に刊行された『井戸村家文書第一』*1では、差出人名を文書名に含める古文書学の原則にのっとった、上述のように地味な(?)表題に改められていた。 (端裏書) 「天正十九年…

年未詳(天正5~6年カ)12月6日鵤庄惣中宛羽柴秀吉判物

当庄之事、任(闕字)御朱印*1之旨、諸事可令馳走*2候、若下〻*3非分之族在之者、可加成敗者也、 筑前守 十二月六日*4 秀吉(花押) 鵤庄惣中*5 『秀吉文書集一』937号、297頁 (書き下し文) 当庄のこと、御朱印の旨に任せ、諸事馳走せしむべく候、もし下〻…

年未詳(天正3~6年カ)10月17日曽束・小田原百姓中宛羽柴秀吉判物

山口甚介方*1・大石方*2、懸組*3年貢・諸成物*4等之事、理*5済*6可申之旨、其間百姓前*7可相拘*8也、自然*9於納所者可為二重成*10者也、仍如件、 羽柴筑前守 十月十七日*11 秀吉(花押) そつか*12 小田原*13 百姓中 『秀吉文書集一』923号、293頁 (書き下…

年未詳(元亀1~3年カ)10月13日出作在々所々百姓中宛木下秀吉書状

藤宰相殿*1御領*2竹田・芹川・上三栖三ヶ庄*3之内一色坊田*4従隣郷出作分之事*5、被対*6御朱印上者*7、年貢米・地子銭等、為百姓弁*8可致其沙汰*9、於難渋之輩者、催促使急与可申付者也、恐〻謹言、 木下藤吉郎 十月十三日*10 秀吉(花押) 出作在々所々 百…

年未詳(天正3~6年カ)8月13日大住庄名主百姓中宛羽柴秀吉書状写

今度南又大郎与申者、当庄御代官*1之儀雖望申候、無御許容候、就其百姓等少々彼者令一味、構無所存*2之旨*3、言語道断之次第候、此御領之儀者、我等御朱印*4御取次申、連々不存疎略*5間、奉対此(闕字)御所様*6へ、少も於不相届輩者、急度申上、可加成敗候…

年未詳(元亀1~天正3年カ)6月26日南禅寺評定衆侍衣閣下宛羽柴秀吉書状写

尚以御寺領之義*1懇*2ニ申遣候条、可被思御心安、相替義候ハヽ可被仰下候、聊不可存疎意候、以上、 如尊意*3其以来不申通*4、無為*5御音信*6御使僧*7并ニ薄板*8如御札*9拝領仕候、御懇慮*10之至候、仍貴寺諸塔頭領*11粟田口*12之内ニ在之分、明知十兵衛*13方…

年未詳(元亀元年~4年カ)6月26日上京武者少路百姓中宛木下秀吉判物

猶以安楽光院*1数十年当知行*2之儀候間、誰〻違乱候共、不可有相違候、以上、 当地子*3之儀ニ付而、自各*4折紙被付*5と之由候、則彼方へ以折紙申*6候、定而不可有異儀候哉、御代〻御下知并朱印*7分明*8之儀候間、如前〻*9彼院*10へ可納所候也、 木下藤吉郎 …

年未詳(元亀2~4年カ)山城賀茂惣中宛木下秀吉書状

猶以何かと申候者*1、此方へ可承*2候、何様*3之儀も自我等不申候、不可有同心*4候、此外なし、 其在所*5へ被遣候御下知御朱印之事*6、可被相改*7之儀者、曽以*8無之候、可有其意得候、誰々何かと申候共、不可有許容候、恐〻謹言、 木藤 三月十一日*9 秀吉(…

年未詳(天正2~3年カ)3月3日石田外百姓中宛羽柴秀吉判物

第一巻の、年代が確定している文書をあらかた読みおえたので、巻末に収載されている年代未詳のものをしばらく読むこととする。年代未詳とはいうものの、本巻「永禄8年~天正11年」と推定されるものであるし、さらに二三年に絞られる場合もある。ただし収載順…

戦国大名大内氏掟書・六角氏式目に見える「批判」

ここ最近「批判」という言葉をめぐるやりとりが喧しい。そこで前回読んだ秀吉発給文書中の「批判」と同様に使われている戦国大名分国法を検討したい。ここで挙げる事例は『日本国語大辞典』にも用例として採り上げられているので、ことさら目新しいわけでは…

天正11年11月13日稲葉一鉄宛羽柴秀吉定

定 一①、今度池田*1方其方*2申事*3付而、互物成*4押領*5分於在之者、可被持返事,一②、池田方之百姓年貢をはらミ*6、稲葉知行へ立隠*7候歟、又稲葉方之百姓年貢をはらミ、池田知行へ立隠族在之者、第一*8申事基候条、互急度相届候上、無沙汰*9之輩堅可為成敗…

天正11年11月12日広瀬兵庫助宛羽柴秀吉書状

其方在所広瀬*1弐ヶ村事、従(闕字)上様*2御時当知行旨、聊不可有相違候、池田*3・稲葉*4両人江も其通申候間、不可有別儀候、若何角申族於在之者、右趣可申届候、恐〻謹言、 天正十一 筑前守 十一月十二日 秀吉(花押) 広瀬兵庫助*5殿 『秀吉文書集』一、8…

天正11年8月29日摂州本庄・芦屋郷・山路庄宛石持定

摂州 本庄*1 定 芦屋郷 山路庄 一、対百姓不謂儀申懸族一銭切*2たるへき事、 一、田畠作毛*3あらす*4へからさる事、 一、石持者共不可宿借*5事、 右条々違背輩在之者、速可加成敗者也、仍下知如件、 天正十一年八月廿九日 筑前守(花押) 『秀吉文書集』一、…

天正11年8月22日一柳某宛羽柴秀吉書状

書状拝見候、仍堺宗久*1令逐電*2由候、如何様之子細*3候哉、沙汰外候*4、誰哉之者おとし*5候て其分*6候哉、宗久事者早〻可罷帰由可申遣候、宮法*7へも書状遣し候、其分可申付由候、将亦*8石持道*9事*10、無由断申付由尤候、随而普請者*11共宿事*12、播州衆*1…

翻刻の罠 天正19年3月12日「近江国箕浦村おころ彦三郎等作職請状」

前回、宮川満氏により翻刻された史料集をもとに以下のように述べた。 「おころ彦三郎」らが、土豪の井戸村与六に「御検地の面々名付け仕り、指出仕り候とも何時によらず召し上げられ候とも、一言の子細申すまじく候」(検地帳に名請人として記載され、それを…

天正11年7月今堀惣中定書案

検地の話が出たので、在地側の文書を読んでみたい。本史料はつとに注目されており、太閤検地を語る上で避けて通れない。中野等『太閤検地』(中公新書、2019年)でも現代語訳が引用されている*1。その史料解釈の一部については以前疑問を述べたことがあるの…