日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

天正15年10月13日加藤清正宛/増田長盛宛豊臣秀吉米切手写

八木*1弐千石、島津修理太夫*2ニくたされ候間、慥ニはかりわたすへきものなり、 天正十五 十月十三日 御朱印 かとうかすへ*3 八木千石 そうふへきうない*4 八木千石 こいてはりまのかミ*5 はちすかあわの守*6借用*7之米千石、島津修理太夫ニくたされ候、たし…

明暦3年4月29日「免盛」定めにつき

これはある藩が「免盛」を定めるときの心構えを定めたものである。「盛る」とは「目盛」のようにあるものを測るときの基準のことで、「免」は年貢を意味する。つまり年貢率を定める手順(プロシージャー)を示した文書である。 (書き下し文) 一、①免盛の時…

慶長3年1月10日上杉景勝宛豊臣秀吉朱印状 奉公人・侍・百姓

武家、奉公人と百姓の関係を端的に物語る史料がある。越後から米沢へ転封された上杉景勝宛の、米沢に連れて行くべき者と連れて行ってはならない者を秀吉が景勝に明示した朱印状である。 今度会津江国替ニ付而、①其方家中侍之事者不及申、中間・小者ニ至る迄…

NHK時代劇「大江戸を斬る」 最終回 ネタニマジレス(・∀・)カコワルイ!!

1. 細川家文書に見る「日雇」 まずこの画面を見ておきたい。 傍線部の1行前から 拾四匁壱分*1弐厘八毛… 会所惣国日雇請人… 其外諸入目*2并… とある。どうも日雇い労働者やその身元保証人である「請人」に関する「諸入目」=諸経費の概算が記されているらしい…

NHKスペシャル 「大江戸」 第1回の問題点 4 公儀普請への人足徴発(加賀前田家)

「暖簾に腕押し」「糠に釘」状態なので今回でこの話題は終えることとする。大学のレポートとして及第点はもらえないがテレビ番組としては成立する現状は憂うべきと思う一方、所詮エンターテインメントに過ぎないといってしまえばそれまでである。 この番組は…

NHKスペシャル 「大江戸」 第1回の問題点 3 奉公人の存在

今回は「奉公人」について述べる。 まずは数年前メディアで話題となった新発見の藤堂高虎宛小堀遠州書状を見てみよう。 史料 寛永3年12月17日藤堂高虎宛小堀正一書状 (翻刻文) 一、上方相替事無御座候、京 いなかともニ民百性・町人 奉公人まても米無之、…

NHKスペシャル 「大江戸」 第1回の問題点 2 ネタニマジレス(・∀・)カコワルイ!!

さてまず①の「 サムライが築いた」の意味するところを考えてみたい。 言い換えると中近世移行期における「侍」とは何かという問題である。様々な意味で使われるため一言で説明することは困難であるし無意味でもあり、結局史料の文脈ごとに個別に判断せざるを…

NHKスペシャル 「大江戸」 第1回の問題点 1 ネタニマジレス(・∀・)カコワルイ!!

NHKスペシャル「大江戸」は時代劇としては面白いが、史実=再現ドラマかと問われると首を横に振らざるを得ない。好評だそうだがあくまでもフィクションとして楽しみたい。以前にも疑義をはさんだことがあるが、最大の問題はどこまでが史実の復元でどこからが…

年貢割付状と年貢皆済目録

どうも地方(じかた)文書に対する認識の甘い某国営放送だが、近世古文書学の教科書である『概説古文書学近世編』(吉川弘文館、1989年)から年貢割付状と皆済目録の部分を引用しておく。 割付状 上は文禄4年9月1日付の年貢割付状であるが、11月中にすべて納…

天正15年10月13日有馬晴信(カ)宛豊臣秀吉朱印状

①肥前国一揆等端〻*1令蜂起之由候、指儀*2雖不可有之候、迚*3御人数被遣儀候条、卒尓*4之動不可仕候、小早川左衛門佐*5・黒田勘解由*6・森壱岐守*7久留米*8ニ在之事候、毛利右馬頭*9早速可着陣候条、無越度*10様専一候、 御人数之儀者、左右次第追〻可被遣候…

天正15年9月26日深水長智宛豊臣秀吉朱印状

去月廿九日九ヶ条*1之趣、今日廿六於京都具被加披見候、条〻示*2越候段、神妙思召候、 一①、其国一揆等令蜂起之儀、陸奥守*3背殿下*4御下知、国侍ニ御朱印之面知行等不相渡、既及餓死付、無了簡*5仕立*6之由候、并在〻検地俄申付、下〻法度以下猥故*7、百姓…

天正15年9月21日小早川隆景宛および鍋島直茂宛豊臣秀吉朱印状

(史料1) 去八日書状并安国寺*1紙面之通、今月廿一日於京都加披見候、然者其方久留米へ相越、先之様子被聞合之由尤候、誠去年以来長〻在陣、其許可有付*2内、無幾程出陣之儀、辛労之段痛入候、先書如仰遣候、陸奥守*3肥後国侍ニ朱印之面知行等依不相渡候歟…

天正15年9月19日小早川隆景宛豊臣秀吉判物

去五日書状安国寺*1住*2進之旨、加披見候、然者其方久留米*3へ相移、先勢至南関*4着陣之処、城中入相之由尤候、①先書*5如被仰遣候、陸奥守*6背(闕字)御朱印旨、国侍ニ知行不相渡候哉、如此仕合、無是非次第候、就其条〻安国寺かたへ被仰遣候間、得其意、②…

天正15年9月13日毛利吉成・黒田孝高宛豊臣秀吉朱印状

去月廿七日之書状、今日十三於京都加披見候、肥後面之儀、入精切〻註進、遠路之処悦思召候、殊遣検使、小早川藤四郎*1・龍造寺*2、其外肥前・筑後之人数相立之由尤候、隆景*3者くるめ*4城ニ有之而、先手之者一左右次第、無緩可相動候、先書*5如被仰遣候、①陸…

天正15年9月8日毛利吉成・黒田孝高宛豊臣秀吉朱印状

於肥後国御朱印被下候*1国人之事*2 志岐兵部大夫*3 上津浦愛宮*4 栖本八郎*5 西郷越中守*6 赤星備中守*7 城十郎二郎*8、父讃岐入道*9在大坂 伯耆次郎三郎*10、在大坂 内空閑備前守*11 小代伊勢守*12 関城主*13 隈部但馬守*14 八代拾四人衆 同所参十人衆 阿蘇…

天正15年9月8日福島正則宛豊臣秀吉朱印状

条〻 一①、下〻*1法度之儀堅申付、百姓以下ニ少も非分之儀不申懸、所務等*2之儀有様*3可申付事、 一②、民部少輔*4申付候内ニ、自然堺目等下〻申事雖有之*5、左衛門大夫*6罷越、身ニ請*7、精を入可馳走*8候、又左衛門大夫申付候内ニ有之共*9、民部少輔罷越、…

天正15年9月8日小早川隆景宛豊臣秀吉朱印状

能島事*1、此中海賊仕之由被聞召候、言語道断*2曲事、無是非次第候間成敗之儀、自此方*3雖可被仰付候、其方持分*4候間、急度可被申付候、但申分*5有之者、村上掃部*6早〻大坂へ罷上、可申上候*7、為其方成敗不成候者*8、被遣御人数*9可被申付候也、 九月八日…

天正15年9月8日小早川隆景宛豊臣秀吉判物

此御朱印*1見分、陸奥守*2其外へ、早〻可被相届候、 去月廿三日書状、今日八日於大坂披見候、肥後表之儀付而、安国寺*3境目迄遣、一定之儀*4被申越候、満足思召候、 ①一、由断在之間敷候へ共、弥被入精、筑後衆・肥前衆両国之者、肥後へ龍造寺*5申談、藤四郎…

天正15年9月7日安国寺恵瓊宛豊臣秀吉朱印状

猶以陸奥守*1かたへ之朱印*2、早〻可被相届候也 去月十八日之書状披見*3候、肥後表之儀陸奥守国衆又ハ百姓已下へ之申付様*4悪候哉、一揆*5少〻相催、猥成之由被*6申越候、不相構註進*7等、肥後境目之在ル人数を催、陸奥守所へ加勢可然候、隆景者筑後内くるめ…

天正15年8月日町野重仍・上部貞永宛豊臣秀吉朱印状写

定 一、最前度〻以御朱印*1被仰出候、猶以諸事猥無之、大神宮可相守神慮*2儀肝要之事、 一、博奕*3任御法度停止之事、 一、宮河内*4地下人公事*5等之時、両人*6ニ申聞、於相紛者*7山田三方*8年寄*9共一同罷在、可致言上事、付諸座并大工所*10被相破事、 一、…

天正15年8月6日小早川隆景宛豊臣秀吉朱印状

去月廿三日之書状、今日至京都到来披見候、隈部*1事早速申付之由、尤思召候、如書中黒田勘解由*2・森壱岐守*3かたゟ言上候、其方預ヶ置*4候両国*5之者共*6、自然不届族在之者、任覚悟*7可被刎首候、弥其城*8普請等事、念を入可申付候、不可有由断候也、 八月…

天正15年7月27日黒田孝高宛豊臣秀吉朱印状

豊前国宇佐郡内妙見・龍王両城*1、当知行分四百八拾九町三段之由、其方所へ申越旨候、任其帳面*2相改致検地、右田畠之員数彼両城へ相付、大友左兵衛督*3ニ慥可相渡候也、 七月廿七日*4(朱印) 黒田勘解由とのへ*5 (三、2271号) (書き下し文) 豊前国宇佐…

天正15年6月19日伴天連の儀につき定写(いわゆる「バテレン追放令」)

定 一、㋑日本ハ神国たる処、きりしたん国より邪法を授候儀太以*1不可然候事、 一、㋺其国郡之者を近付門徒になし、神社仏閣を打破之由、前代未聞候、国郡在所知行等給人*2に被下候儀者当座之事候、天下よりの御法度を相守、諸事可得其意処、下〻として猥義…

天正15年6月18日(宛所欠)豊臣秀吉朱印状写(いわゆる「禁教令」)(3/止)

一ⓖ、本願寺門徒、其坊主天満ニ寺*1を立させ、雖免置候、寺内ニ如前〻ニハ不被仰付事、 一ⓗ、国郡又ハ在所を持候大名、其家中之者共を伴天連門徒押付成候事ハ、本願寺門徒之寺内をたて候よりも不可然義候間、天下之さわり可成候条、其分別無之者ハ、可被加御…

天正15年6月18日(宛所欠)豊臣秀吉朱印状写(いわゆる「禁教令」)(2)

覚 一ⓐ、伴天連門徒之儀ハ、其者之可為心次第事、 一ⓑ、国郡在所を御扶持ニ被遣候を、其知行中之寺庵*1百姓已下を心さしも無之所、押而*2給人*3伴天連門徒可成由申、理不尽成候段曲事候事、 一ⓒ、其国郡知行之義、給人被下候事ハ当座*4之儀ニ候、給人ハかは…

天正15年6月18日(宛所欠)豊臣秀吉朱印状写(いわゆる「キリシタン禁教令」)(1)

秀吉は5月中に九州国分を実施した。その概要は下表の通りである。 Table. 九州国分 そして6月18日著名な文書が発せられた。一般に「キリシタン禁教令」と呼ばれる文書である。翌日発せられた「バテレン追放令」とともに有名ではあるが、原本が伝わっていない…

天正15年5月15日生駒親正・一正宛豊臣秀吉朱印状(2/止)

一①、如此被仰付上者*1、頓可被納御馬候、雖然其城用心等之儀、猶以入念堅可申付候、在所百姓以下ニ至るまて城内へ出入一切無用候、其地ニ被残置、在番*2被仰付儀者、為御用心、旁以無由断、諸事気遣専一候事、 一②、其近辺法度儀、堅可申付候、自然猥儀*3於…

天正15年5月15日生駒親正・一正宛豊臣秀吉朱印状(1)

急度染筆候、 一、九州平均ニ被仰付、薩摩内島津居城五里六里*1之間ニ被立御馬、島津可被刎首処、剃頭、捨一命走入候之間、不被及是非被成御免、去八日被召出候事、 一、島津一類被召連、可被成御上洛候、其上義久同家老共人質不残致進上候事、 一、然上爰許…

天正15年5月13日豊臣秀長宛豊臣秀吉朱印状写(6/止)

一、豊前国ノ儀、是モ不入城者ワリ、豊前ト豊後之間城一ツ、馬カタケ*1ト右境目城ト遠候ハヽ、其間ニ城一ツ、豊後之内ニ可置城、馬ヵ嶽・小倉*2四モ五モ可置候間、引足ニ*3右ノ普請アルヘク候、①国之者ニモ忠不忠ヲ相糺、知行可遣候間、其分心得、諸事無油断…

天正15年5月13日豊臣秀長宛豊臣秀吉朱印状写(5)

一①、豊後国者、大友左兵衛*1ニ一職ニ出候間、置目等左兵衛為ニ可然様ニイタシ候テ可出事、 一②、肥後・筑後・筑前三箇国者城ヲ拵、物主*2ソレヽヽ被仰付被入置、博多之近所ニ御座所*3可被仰付候条、其方*4者備前少将*5・宮部中務法印*6・蜂須賀阿波守*7・尾…