日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

年未詳(天正3~6年カ)8月13日大住庄名主百姓中宛羽柴秀吉書状写

今度南又大郎与申者、当庄御代官*1之儀雖望申候、無御許容候、就其百姓等少々彼者令一味、構無所存*2之旨*3、言語道断之次第候、此御領之儀者、我等御朱印*4御取次申、連々不存疎略*5間、奉対此(闕字)御所様*6へ、少も於不相届輩者、急度申上、可加成敗候…

年未詳(元亀1~天正3年カ)6月26日南禅寺評定衆侍衣閣下宛羽柴秀吉書状写

尚以御寺領之義*1懇*2ニ申遣候条、可被思御心安、相替義候ハヽ可被仰下候、聊不可存疎意候、以上、 如尊意*3其以来不申通*4、無為*5御音信*6御使僧*7并ニ薄板*8如御札*9拝領仕候、御懇慮*10之至候、仍貴寺諸塔頭領*11粟田口*12之内ニ在之分、明知十兵衛*13方…

年未詳(元亀元年~4年カ)6月26日上京武者少路百姓中宛木下秀吉判物

猶以安楽光院*1数十年当知行*2之儀候間、誰〻違乱候共、不可有相違候、以上、 当地子*3之儀ニ付而、自各*4折紙被付*5と之由候、則彼方へ以折紙申*6候、定而不可有異儀候哉、御代〻御下知并朱印*7分明*8之儀候間、如前〻*9彼院*10へ可納所候也、 木下藤吉郎 …

年未詳(元亀2~4年カ)山城賀茂惣中宛木下秀吉書状

猶以何かと申候者*1、此方へ可承*2候、何様*3之儀も自我等不申候、不可有同心*4候、此外なし、 其在所*5へ被遣候御下知御朱印之事*6、可被相改*7之儀者、曽以*8無之候、可有其意得候、誰々何かと申候共、不可有許容候、恐〻謹言、 木藤 三月十一日*9 秀吉(…

年未詳(天正2~3年カ)3月3日石田外百姓中宛羽柴秀吉判物

第一巻の、年代が確定している文書をあらかた読みおえたので、巻末に収載されている年代未詳のものをしばらく読むこととする。年代未詳とはいうものの、本巻「永禄8年~天正11年」と推定されるものであるし、さらに二三年に絞られる場合もある。ただし収載順…

戦国大名大内氏掟書・六角氏式目に見える「批判」

ここ最近「批判」という言葉をめぐるやりとりが喧しい。そこで前回読んだ秀吉発給文書中の「批判」と同様に使われている戦国大名分国法を検討したい。ここで挙げる事例は『日本国語大辞典』にも用例として採り上げられているので、ことさら目新しいわけでは…

天正11年11月13日稲葉一鉄宛羽柴秀吉定

定 一①、今度池田*1方其方*2申事*3付而、互物成*4押領*5分於在之者、可被持返事,一②、池田方之百姓年貢をはらミ*6、稲葉知行へ立隠*7候歟、又稲葉方之百姓年貢をはらミ、池田知行へ立隠族在之者、第一*8申事基候条、互急度相届候上、無沙汰*9之輩堅可為成敗…

天正11年11月12日広瀬兵庫助宛羽柴秀吉書状

其方在所広瀬*1弐ヶ村事、従(闕字)上様*2御時当知行旨、聊不可有相違候、池田*3・稲葉*4両人江も其通申候間、不可有別儀候、若何角申族於在之者、右趣可申届候、恐〻謹言、 天正十一 筑前守 十一月十二日 秀吉(花押) 広瀬兵庫助*5殿 『秀吉文書集』一、8…

天正11年8月29日摂州本庄・芦屋郷・山路庄宛石持定

摂州 本庄*1 定 芦屋郷 山路庄 一、対百姓不謂儀申懸族一銭切*2たるへき事、 一、田畠作毛*3あらす*4へからさる事、 一、石持者共不可宿借*5事、 右条々違背輩在之者、速可加成敗者也、仍下知如件、 天正十一年八月廿九日 筑前守(花押) 『秀吉文書集』一、…

天正11年8月22日一柳某宛羽柴秀吉書状

書状拝見候、仍堺宗久*1令逐電*2由候、如何様之子細*3候哉、沙汰外候*4、誰哉之者おとし*5候て其分*6候哉、宗久事者早〻可罷帰由可申遣候、宮法*7へも書状遣し候、其分可申付由候、将亦*8石持道*9事*10、無由断申付由尤候、随而普請者*11共宿事*12、播州衆*1…

翻刻の罠 天正19年3月12日「近江国箕浦村おころ彦三郎等作職請状」

前回、宮川満氏により翻刻された史料集をもとに以下のように述べた。 「おころ彦三郎」らが、土豪の井戸村与六に「御検地の面々名付け仕り、指出仕り候とも何時によらず召し上げられ候とも、一言の子細申すまじく候」(検地帳に名請人として記載され、それを…

天正11年7月今堀惣中定書案

検地の話が出たので、在地側の文書を読んでみたい。本史料はつとに注目されており、太閤検地を語る上で避けて通れない。中野等『太閤検地』(中公新書、2019年)でも現代語訳が引用されている*1。その史料解釈の一部については以前疑問を述べたことがあるの…

天正11年8月1日浅野長吉宛羽柴秀吉書状

前回、浅野長吉宛の知行充行状および知行目録を読んだ。今回は同じ8月1日付の書状を見ておきたい。 多羅尾四郎兵衛尉*1分、和束*2内千石、并しからき*3事、為与力申付候条、遂糺明*4、軍役已下有様可沙汰候也、恐〻謹言、 天正十一*5 八月朔日 秀吉(花押) …

天正11年8月1日浅野長吉宛知行充行状・知行目録

天正11年8月1日、秀吉は家臣に充てて知行(領知)充行状、知行目録を一斉に発給した。『豊臣秀吉文書集』一の748号から795号までのほとんどがそれに相当するところから見ても、その規模がうかがえる。知行充行状は家臣に土地を永代にわたって与えるという証…

天正11年7月29日多賀谷重経宛羽柴秀吉書状写(抄出)

天正11年7月29日秀吉は武蔵岩付城主太田資正、常陸下妻城主多賀谷重経に長大な返書を書き送っている。二通とも写しか伝わっていないが、ほぼ同文である。ここでは重経宛の最後の一つ書きと文末を読んでみたい。 (前略) 一、廿五日*1、加州*2江出馬候之処、…

天正11年7月10日平野惣中宛羽柴秀吉判物

尚以一柳市介*1を代官ニ申付候、可成其意候、 当所之儀、此方台所入*2ニ申付候間、諸事*3如先々*4不可有相違候、各心得可存者也、 筑前守 七月十日*5 秀吉(花押) 平野*6 惣中*7 「秀吉一、736号、234頁」 (書き下し文) 当所の儀、この方台所入に申し付け…

天正11年5月15日小早川隆景宛羽柴秀吉書状(抄出)

今回は小早川隆景宛の書状を読んでみたい。ただし長文なので抄出とした。本文書は黒嶋敏氏が、その著書『秀吉の「武威」、信長の「武威」』 *1の冒頭で、口語訳を引用されている*2のでご記憶の方も多いと思う。黒嶋氏の指摘を紹介しておこう。 彼ら*3はそこ…

天正11年4月の越前・加賀仕置

前回の記事で以下のように述べた。 ただし翌日秀吉は、上杉景勝重臣の直江兼続・狩野秀治に充てて、加賀・能登・越中を平らげたと述べたうえで、柴田勝家攻略時にこちらに味方するとの誓紙を交わしているがそれを反故にしたと詰め寄ってもいる japanesehisto…

天正11年4月28日佐々成政宛羽柴秀吉書状

越後儀*1弥遂相談、①国切*2ニ於相澄者、執次*3之儀貴所へ可相定候、②越後存分*4相滞儀も在之者、秀吉出人数*5、急度申付*6、彼国之事者*7其方可被任覚悟*8候、為其如此候、恐〻謹言、 羽柴筑前守 卯月廿八日*9 秀吉(花押) 佐々内蔵助殿*10 「秀吉一、660号…

天正11年4月27日溝口秀勝宛羽柴秀吉判物

越前国并賀州内余禰郡*1・能美郡両郡*2、惟五郎左*3へ一職*4申談候之処、余禰郡之儀、其方へ惟五被進之候、於秀吉尤候条、彼郡一職召置、①百姓等召返、政道*5以下専要候、②在々江雖可申触候、其方堅可被申付候、為其如此候、仍如件、 天正十一 四月廿七日 筑…

天正11年4月12日毛利輝元宛羽柴秀吉書状「追而書」

猶以従播州*1西事者不存、於東者津軽・合浦・外浜*2迄、我等鑓先ニ可相堪*3様依無之、悉羽柴応鞭先*4隙明*5候間、可御心安候、以上、 (本文中略) 前〻せかれ*6の時さへ、信長於家中者、秀吉真似をも可仕者無之候つる、只今之儀者、中々*7従板東ニ筑前守少…

天正11年4月8日多賀常則宛羽柴秀吉書状

昨日七日御状至長浜*1到来、令拝見候、此表事、取出*2二ツ相拵、人数丈夫ニ残置、安土へ打入*3候之処、留守ならハ可参と、柴田罷出、此方取出之惣構*4へ働候処、鉄炮をそろへはなしにて候へハ、手負数多出かし*5失手*6、元之高山*7へ北*8上、于今在之事ニ候…

天正11年4月3日斎藤刑部丞宛羽柴秀吉書状

越中国瑞泉寺・安養寺*1儀、近年牢籠*2由候、然者此砌一揆等被相催、於忠節*3者、如先々本知*4以下無異儀可申付候条、此旨無由断様可被申越候、尚以随忠義*5、重而知行可申付候、恐〻謹言、 筑前守 卯月三日*6 秀吉(花押) 斎藤刑部丞殿*7 「一、629号、200…

天正11年閏1月29日脇坂安治外宛羽柴秀吉書状

尚以右之趣*1三色*2ニ付わけ可申候、聊不可有由断候、已上、 態申遣候、 一、まへ*3村井*4所に奉公し候つるとんさい*5家之事、町人ニ売候之処、只今相改由候、此儀者曲事ニも無之者之事候条、其まゝ置*6可申候事、 一、前曲事なる者之家をハ、町人ニ売候者、…

天正11年閏1月12日伊藤吉次宛羽柴秀吉書状

態申遣候、 一、代官所知行方*1之算用聞*2可申候間、手間不入様、下算用能〻仕、書立候て、此方左右*3次第可罷越候事、 一、物成と蔵*4ニあり米*5書立、先早〻もたせ*6可越候、それ*7を見候て、入事候間、不可有由断候、 一、山口*8ニ申付候つる賀茂*9之物成…

天正10年12月21日遠山佐渡守・同半左衛門尉宛羽柴秀吉外連署状

御状拝見候、仍而此表*1之儀、三介様*2御名代*3ニ相究、若子様*4今日請取*5申、致供奉*6候、当国*7不届*8之仁*9者曲事ニ相臥*10、悉一篇*11ニ申付候条、可有其御心得候、将亦*12委*13儀森勝*14可被申候、恐〻謹言、 羽筑 極月廿一日*15 秀吉(花押) 惟五郎…

天正10年12月4日若江三人衆宛羽柴秀吉書状

尚以段銭*1諸成物*2等、銭年貢之事、可為三文立候、已上、 河内国中銭之取渡之事、京・堺如相定可在之旨*3申遣候間可有其御意得*4候、恐〻謹言、 羽筑 十二月四日*5 秀吉(花押) 池田丹後守殿*6 多羅尾玄蕃殿*7 野間左吉殿*8 御宿所 「一、537号、172頁」 …

天正10年10月14日幸田彦右衛門外宛書状写抄

今回はかなりの長文なのでごく一部のみの抄出とした。 御書*1謹而拝見仕候、 一、柴田*2与拙者間柄之儀、何与哉覧*3被及聞召、可被仰扱*4之旨、忝次第候、雖然右申合候誓紙血判*5之筈相違候得者、何角茂不入儀与存事、 一、上様*6御他界之刻、信孝様・三助様…

天正10年上下京中宛羽柴秀吉外3名連署状写

今度(闕字)御両殿様*1不慮之儀付而、城介殿*2若子様*3、為宿老*4中奉守、天下之義被仰付候、然者洛中政道方、先奉行*5裁許、於順路*6者、可為如其置目*7候、若非分*8族*9於在之者、被成御改*10、可被加御宥免*11之条、前後之儀*12無其憚*13可令言上候、為…

天正10年6月5日中川清秀宛羽柴秀吉書状

只今の殿*1迄打入*2候之処、御状披見申候、今日成次第*3、ぬま*4迄返申候、 古左*5へも同前候、 自是可申与存刻、預示快然候、仍只今、京より罷下候者慥申候、(闕字)上様*6并殿様*7何も無御別儀、御きりぬけ*8なされ候、ぜゝか崎*9へ御のき*10なされ候内ニ…