日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

天正13年7月15日近衛信輔宛親王准后座次定書

 

 

(端裏ウハ書)

「 近衛*1殿 」

 

一、親王准后*2座次*3之儀、可為各座*4、但龍山*5伏見殿*6者不混自余*7之条、此両人者何時ならはれ*8候て、可為各座事、

一、同法中*9之儀、惣並*10之准后親王間のことく可為各座事、

一、前関白*11法中之准后可為各座之事、付法中之親王*12同前事、

   親王准后相論之事、古今無一決者歟、然今度於大徳寺遂糺明、或求職原*13官班*14両趣、或披*15双方旧記*16
   悉令批判*17、右之三ヶ条定置之者也、可為後代亀鏡*18者哉、仍以此趣被成(闕字)勅書、猶為治定*19之間、
   告触諸家諸門畢、弥可被守此法度者也、
  天正十三年七月十五日
     関白(花押)

 

『秀吉文書集二』1497号、184頁 
 
(書き下し文)
 

一、親王と准后座次の儀、隔座たるべし、ただし龍山と伏見殿は自余に混ぜざるの条、この両人は何時も並ばれ候て、おのおの座たるべきこと、

一、同法中の儀、惣並の准后と親王あいだのごとく隔座たるべきこと、

一、さきの関白と法中の准后隔座たるべきのこと、付けたり法中の親王同前のこと、

 
親王准后相論のこと、古今無一決するものか、しかりこのたび大徳寺において糺明を遂げ、あるいは職原・官班両趣を求め、あるいは双方旧記を披き、ことごとく批判せしめ、右の三ヶ条これを定め置くものなり、後代の亀鏡たるべきものかな、よってこの趣をもって勅書をなされ、なお治定たるのあいだ、今諸家・諸門に告げ触れしめおわんぬ、いよいよこの法度を守らるるべきものなり、
 
(大意)
 
一、親王と准后は隔座すること。ただし近衛前久と邦房親王は他と一緒にせず、つねに隣り合わせて、他の者は隔座すること。
一、出家した親王と准后については、准后と親王のように隔座すること。
一、前の関白と出家した准后は隔座すること。付けたり、法親王も同様とする。
 
親王・准后間の相論は前代未聞の決着であろうか。その通り。このたび大徳寺において真実を追究し、一方で職原抄や官班にその答を求め、他方で両者の文書・記録を参照し、すべて吟味した上で、右の三ヶ条を定めたものである。後世の手本となるものだろう。よって本書の趣旨の通り勅書が下され、決定したので諸家諸門に周知せしめたところである。今後この法度をお守りになるように。
 
 

 

 天正13年5月下旬、左大臣近衛信輔が関白職を望むと、現関白二条昭実と相論に発展した。昭実が大坂に下向したさい、仲裁を前田玄以に依頼したところ、秀吉はこれに介入し、

 

 関白の濫觴*20は一天下をあずかり申すをいうなり*21今秀吉四海*22を掌*23に握れり、五家*24をことごとく相果たされ候とも、誰が否と申すべき

 

『大日本史料』第11編26冊、70頁

関白の起こりは天下を「関」かり「白」すと称することに始まる。今天下は秀吉の掌中にあり、五摂家をすべて絶やしたところで誰が否と言うだろうか

 

 と再三近衛家に申し入れ、関白職を要求するようになる。もちろん「天下を手に入れた」といっても、まだ長宗我部氏と交戦中で、九州や関東以北、越中の佐々成政などは服属していない。

 

7月11日秀吉は「平秀吉」改め「藤原秀吉」として、従一位関白に任じられる。13日に紫宸殿にて宴が催されるが、親王と准后のあいだで席次をめぐる相論が起き、欠席者も出した。その裁定が本文書であり、関白として公家社会に鮮烈デビューを果した秀吉の、文字通り「関白宣言」である

 

三ヶ条の本文部分が突出しているのに対し、秀吉がこの裁定を下すにあたった事情を述べている部分が字下げになっている。おそらく「擡頭」なのだろうがはっきりしない。しかし、差出は「関白(花押)」のみで位置も高く、自信のほどを覗かせる。

 

「今諸家・諸門に告げ触れしめおわんぬ」と述べているとおり、最胤法親王はじめ勧修寺聖信、九条兼孝らに書き送り*25、自身の関白としての威信を親王家や五摂家などに見せつけている。

 

 

*1:信輔、のち信尹。近衛前久の男子。関白二条昭実と相論をおこし、昭実は関白職を秀吉にゆずる

*2:ジュゴウ、准三后の略。太皇太后・皇太后・皇后の三宮(三后)に準じた位

*3:ザナミまたはザジ、席次。「月次」はツキナミで「月ごとの」の意

*4:上下が明確にならない「隔座」、藤井讓治『天皇と天下人』講談社、2018年参照

*5:近衛前久

*6:邦輔親王の王子、邦房親王

*7:ジヨニコンゼズ。他の者と紛れることなく、格別の

*8:並ばれ、隣り合って

*9:ホッチュウまたはホウジュウ、「同」が「親王と准后」なので「法親王と入道准后」

*10:出家していない

*11:サキノカンパク

*12:出家した親王、法親王

*13:北畠親房「職原抄」、中世公家の官職に関する書

*14:青蓮院尊円法親王「釈家官班記」、僧の官職に関する手引き書。なお遠藤珠紀「朝廷官位を利用しなかった信長、利用した秀吉」神田裕理編、日本史史料研究会監修『新装版 ここまでわかった戦国時代の天皇と公家衆たち』文学通信、2020年参照

*15:ヒラク

*16:古文書や古記録

*17:吟味する

*18:キキョウまたはキケイ。手本、模範

*19:ジジョウ、決着・落着

*20:ランショウ、始まり

*21:「関」は「あずかる」、「白」は「もうす」

*22:天下、国中

*23:タナゴコロ

*24:五摂家

*25:1494~1503号