日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

天正14年2月15日一柳直末宛豊臣秀吉朱印状(前)

 

今回も長いが、大坂城普請に駆り出された者たちの実態をうかがえるので2回に分けて読んでみたい。ほぼ同文のものが23日加藤嘉明*1、蜂須賀家政*2宛に発給されている。

 

 

     定

一、石場*3をせんさき*4にとり、石にかきつけ*5有之といふとも不可用*6、持次第*7たるへき事、

一、石場より一町程*8もくり出*9*10にをいては、不可有違乱*11事、

一、普請の者共其在〻に宿をかり*12これありといふとも、その家主にたて合へ*13からす、又さうし*14をとり、竹木きる*15へからさる事、

一、野山にをゐてハ草薪可仕事、

一、京中宿之儀も、其普請の衆近付*16有之て、かし*17候ハヽ不及是非、押*18かる*19輩あらハ曲事たるへき事、 

 

 
(三、1853号) 今回から巻数と号数のみ注記する
 
(書き下し文)
 

     定

一、石場を先先にとり、石に書き付けこれあるというとも用うべからず、持次第たるべきこと、

一、石場より一町ほども持を繰り出し置くにおいては、違乱あるべからざること、

一、普請の者どもその在〻に宿を借りこれありというとも、その家主に立て合うべからず、また草次をとり、竹木伐るべからざること、

一、野山においては草薪仕るべきこと、

一、京中宿の儀も、その普請の衆近付きこれありて、借しそうらわば是非に及ばず、おして借る輩あらば曲事たるべきこと、 

 

 
(大意)
 
      定める
 
一、石場の持場をわれ先にとり、書き付けなどしてもこれを用いてはならない。割り当てられたとおりに分担させるように。
 
一、石置場より1町くらい繰り出すことを認めた場合秩序を乱さないようにすること。 
 
一、普請人足の者たちがその村々で宿を借りるさいは家主にたてつくことのないようにさせなさい。また野宿をしたり、竹木を勝手に伐り取らせることのないようにさせなさい。
 
一、薪は野山で取るようにさせなさい。
 
一、京都においても、普請人足たちが面識のある家主に宿を借りることは問題ないが、強引に借りる者は曲事とする。
 
 

 

本文書も一柳直末に「このように差配せよ」と命じたもので、普請人足に直接触れたものではない。

  

さて③から⑤によると、実際には普請人足が宿の貸主である「家主」に対して乱妨をはたらいたり、強引に押し入って宿を借りること*20があったことがわかる。春分、すなわち「春は名のみ」のこのころ野宿もしていたらしい*21。余震が続いたとの記録もあり、宿を確保するのは困難を極めたことだろう。こうした人足役を駆り出せば当然田畠を耕す労働力は減る。それを補うために郷村全体の連帯責任としたことはこれまで見たとおりである。

 

Table. 四季八節二十四節気と五行

 

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竹木伐採の禁止など軍勢の乱妨狼藉禁止を保証した禁制とよく似た規定もある。

 

中世社会は「当知行」という当時の言葉が物語るように自力救済が原則だった。前にも触れた徳川秀忠の黒印状にも百姓が弓鑓鉄炮を持ち出す「山問答」(入会地相論)、「水問答」(用水相論)をやめるよう触を出しているくらいこの自力救済慣行は根強く残っていた。

 

こうした法令が何度も出されているのは、現実社会になかなか受容されなかったからにほかならない。理想と現実が乖離するのは世の常である。

 

 

 

つけたり 長さと面積の単位「町」と「歩」

 

 本文書の「町」は長さの単位であるが、1歩=1坪のように土地面積の単位としての「町反畝歩」は今でも使われる。長さと面積を同じ「町」であらわすので厄介だがその関係を簡単に整理しておきたい。

 

養老令「田令」には次のように見える。

 

 

 

およそ田は、長さ30歩広さ12歩を段となし、10段を町とせよ

 

(大意)

 

田は長さ30歩、幅12歩の長方形を1段(反)とし、10段(反)を1町とせよ

 

 

(計算式)

 

30歩 * 12歩 = 360歩 = 1段

10段 = 3,600歩 = 1町

 

 

 

 

左辺の「歩」は長さの単位で、右辺の「歩」は面積の単位であり、面積の「歩」は実際には長さ「歩」の二乗、平方歩である。

 

この3,600歩=1町の面積は

 

  3,600歩(^2) = 1町 = 60歩 * 60歩 

   (面積)       (長さ) 

 

で、60歩四方の正方形と面積が等しい。

 

一方の長さは次の通りである*22

 

 1歩 = 1間 = 6尺

 1町 = 60間 = 60歩 = 360尺

 1里 = 5町 = 1,800尺

 

長さ1町四方の正方形の面積は

 

 1町*1町 = 60歩*60歩3,600歩(^2) = 1町

    (長さ)      (面積)

 

となり、面積「町」も長さ「町」の平方であることがわかる。

 

以上をまとめると次のようになる。

 

   長さ         面積

 

 1「歩」* 1「歩」 = 1「歩」(平方歩) = 1「坪」(6尺=1間四方)

 1「町」* 1「町」 = 1「町」(平方町)

 

1メートル四方の正方形の面積を1平方メートルと呼ぶ感覚に近いかもしれない。

 

 現在は300歩=1反で30歩=1畝、10畝=1反、10反=1町=3,000坪だが、360歩=1反のこの時期は「畝」のかわりに次のようにあらわした。

 

  大 = 240歩 = 2/3段(反)

  半 = 180歩 = 1/2段(反)

  小 = 120歩 = 1/3段(反)

 

なお1尺は曲尺でおよそ30.303センチメートルで、1フィートの30.48センチメートルに近い。

   

 

*1:1855号

*2:1856号

*3:石置場

*4:先先。「さきに」を強めていう言葉。「われ先に」

*5:書付、自分の名前や印を付けること

*6:採用しない、認めない

*7:「役を持つ」のように「持つ」はある役目につくこと。割り当てられた持ち場どおりに

*8:およそ109メートル。なお長さの単位「町」と面積の単位「町」の関係については「つけたり」を参照されたい

*9:「繰り出す」

*10:その状態を認めて許す

*11:秩序を乱すこと

*12:借り

*13:立て合う。はりあう、たてつく、抵抗する

*14:草次。野宿すること

*15:伐る

*16:面識

*17:借し

*18:強引に

*19:借る

*20:「押借」

*21:下表「四季八節二十四節気と五行」参照

*22:代表例に限った