今回は「奉公人」について述べる。
まずは数年前メディアで話題となった新発見の藤堂高虎宛小堀遠州書状を見てみよう。
史料 寛永3年12月17日藤堂高虎宛小堀正一書状
(翻刻文)
一、上方相替事無御座候、京
いなかともニ民百性・町人
奉公人まても米無之、迷惑*1
仕躰と相聞え申候
(書き下し文)
一、上方相替わることござなく候、京・田舎ともに民百姓・町人・奉公人までも米これなく、迷惑仕るていと相聞こえ申し候、
(大意)
一、上方はかわったこともなく平穏です。都・田舎ともに民百姓・町人・奉公人にいたるまで米が入手できず困っているとの噂です。
「民百姓・町人」とともに米を買わねばならない人々に「奉公人」の存在が確認できる。
一方番組の根拠となる史料には「日雇」の文言が見える。そのすぐあとに保証人を意味する「請人」という文言もあるが、この日雇はなぜか再現ドラマに登場しない。
Fig. 「会所惣国日雇請人」
「日雇」については機会を改めたい。
米を生産する百姓は年貢上納後、手許に余剰が残る者、ギリギリの者、借金をしなければ食っていけない者など様々な階層に分かれている。古典的な研究を引用しておこう。
今回確認できたことは「奉公人」と呼ばれる者が「百姓・町人」と同様に米不足に悩まされていたことである。では「奉公人」はどのようにして収入を得ていたのか、次回以降考えたい。
*1:困窮する