日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの古文書オタ、いえ歴史学徒として史料を読んでいきます

天保3年8月18日 鼠小僧次郎吉、市中引き回しの上獄門の刑に処せられる

 

 

(前略)

武家屋敷江這入候得共盗不得候処、被召捕、数ヶ所ニ而盗致し候儀者、押色博奕数度致候旨申立、右依科入墨之上中追放ニ相成候処、入墨を消紛悪事不相止、猶又武家方七拾壱ヶ所度数九拾度(中略)不残酒食遊喰又ハ博奕を渡世同様ニ致し、在方所々江持参、不残遣捨候始末不届至極ニ付、引回し之上於浅草獄門ニ申付候

    辰八月十九日

 

鼠小僧申上候盗取候金子高  

                  俗名

                   向 鼠次郎吉

  (後略)

 

(書き下し文)

武家屋敷へ這い入りそうらえども盗えず候ところ、召し捕らえられ、数ヶ所にて盗みいたし候儀は、押色・博奕数度いたし候むね申し立て、右科(とが)により入墨の上、中追放にあいなり候ところ、入墨を消しまぎれ悪事あいやめず、なおまた武家方七十一ヶ所、度数九十度(中略)のこらず酒食・遊喰または博奕を渡世同様にいたし、在方所々へ持参し、のこらず遣い捨て候始末、不届至極につき、引回しのうえ浅草において獄門に申し付け候

    辰八月十九日

 

鼠小僧申し上げ候盗み取り候金子高  

 

 

*押色:「おしいろ」:楽器の箏の技法のひとつの意味だが不明。

 

*遊喰又ハ博奕を渡世同様ニ致し:百姓でもなく、町人でもない、身分は不明。ただ、在々所々とあるように在方=村方=郡方(こおりかた)に出入りしていたことから、百姓家の次三男以下に生まれたのかも知れない。

 

鼠小僧次郎吉武家屋敷を対象に盗みをはたらいたが、「越後屋」とか「近江屋」などには行かなかったようだ。また、酒食・遊興・博奕に盗んだ金・銀・銭をほぼ使い果たしたとある。

 

一度捕縛され「入れ墨」と「中追放」の刑に処されたが、その後ふたたび71武家へ、のべ90回盗みをはたらいたようだ。

 

彼の最期は獄門、梟首であった。

 

 

講談の世界と現実はかくも異なることを認識させてくれる、いい史料だ。国立公文書館北の丸公園前、竹橋駅)は以前成人でないと入れなかったが、今はネットでさまざまな史料に出会える、貴重な存在だ。

 

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