日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

年未詳(天正3~6年カ)10月17日曽束・小田原百姓中宛羽柴秀吉判物

 

山口甚介方*1・大石方*2、懸組*3年貢・諸成物*4等之事、理*5*6可申之旨、其間百姓前*7可相拘*8也、自然*9於納所者可為二重成*10者也、仍如件、

                           羽柴筑前守

  十月十七日*11                      秀吉(花押)

     そつか*12

     小田原*13

       百姓中

 

『秀吉文書集一』923号、293頁

 

(書き下し文)

 

山口甚介方・大石方、年貢・諸成物などを懸け組むのこと、ことわり済まし申すべきの旨、その間百姓前相拘うべきなり、自然納所においては二重成たるべきものなり、よってくだんのごとし、

 

(大意)

 

 山口秀景と大石庄のあいだで年貢諸役の徴収権を争っていることについて、事情を双方へ説明しその場を切り抜けるように。決着がつくまで百姓として責任を持ってそれらを在地に留めておくこと。もし納めてしまった場合は二重成とする。以上。

 

 

Fig. 近江国栗太郡曽束・小田原・大石庄周辺図

 

f:id:x4090x:20200721183450p:plain

                   『日本歴史地名大系』滋賀県より作成

上掲図において、佐久奈度神社の位置を大石庄内の「東村」としたのは『近江栗太郡志 巻四』79頁*14の記述にしたがったためである。

 

山口秀景は山城の国人で郷之口に城を築いていたことから、小田原をうちに含む近江大石庄を押領したものとみられる。10年ほどのちの史料だが、曽束も天正13年「九条家当知行并不知行所〻指出目録案」*15に九条家領*16「不知行分」*17として書き出されていることから、同様に年貢徴収をめぐる地頭*18と荘園領主の争いに巻き込まれていたと思われる。 

 

「大石方」の意味がはっきりしないが、百姓らは大石庄の荘官と山口秀景側の双方から年貢納入を迫られていたのだろう、秀吉は「その場をやり過ごして」在地に留め置くように命じている。どちらに正当な徴収権があるのか訴訟が決するまでという意味であろう。

  

上図のように曽束は国境付近の郷村である。もともと国境がはっきりしていなかったため、山城と近江のどちらに属するのか決着は19世紀はじめの文化年間まで争われた。現在滋賀県大津市に属するが、清水正健編『荘園志料』*19のように国別の事辞典類では曽束庄は山城国綴喜郡、つまり京都府側に分類されているので実に面倒である。

 

中世末期の土地所有体系は水平的にも垂直的にも幾重にも分化していて、在地の掌握は困難を極めたものと考えられる。こうした経験が秀吉を太閤検地に駆り立てのかもしれない、まったくの想像にすぎないが。

 

なお荘園領主の詳細は、これまた複雑なので割愛した。『新修大津市史 中世』第一章第四節「庄園の展開」*20を参照されたい。

 

 

*1:秀景

*2:石山寺領大石庄、図参照

*3:争う、ここでは年貢・諸成物の徴収権をめぐって相争うこと

*4:ショナシモノ、古代の「祖・調・庸」の「調」、荘園制下の「年貢・公事・夫役」の「公事」、近世の小物成に相当する。中近世の(本)年貢は古代の「祖」にあたる

*5:コトワリ、理由や事情を説明する

*6:その場を納める

*7:百姓としての責任を持って

*8:年貢などを納めず、在地に留め置くこと

*9:もし、万一

*10:ニジュウナシまたはフタエナシ、年貢を二重取りすること

*11:天正3~6年カ

*12:曽束、天正13年5月14日「九条家当知行并不知行所〻指出目録案」(『岐阜県史 史料編 古代・中世四』78頁)に「山城国曽束庄」と見える。近世は近江国栗太郡、図参照

*13:近江国栗太郡、図参照

*14:近江栗太郡志. 卷四 - 国立国会図書館デジタルコレクション

*15:上掲岐阜県史

*16:藤原氏、五摂家のひとつ

*17:押領されていて荘園の支配が現実にできない状態。「当知行」に対する語

*18:「地頭」はもとは現地、またはそれを管理する者という意味で、近世に入ると旗本などを「地頭」と呼んだ。なお「泣く子と地頭には…」、「地頭に法なし」などの初出は18世紀後半で、同時代の「地頭」=旗本をあてこすったと考えるのがよさそうである。なお所三男「地頭」(二)『国史大辞典』参照

*19:上巻118~119頁、帝都出版社、1933年 荘園志料. 上卷 - 国立国会図書館デジタルコレクション 

*20:99~114頁