日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの古文書オタ、いえ歴史学徒として史料を読んでいきます

大政奉還に関する新史料発見の報道によせて

13日に報道された大政奉還に関する新史料から、文書における敬意表現を見てみたい。

 

https://mainichi.jp/articles/20171014/k00/00m/040/045000c

 

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まず、右ページ1行目が「我」のたった1文字で改行されていることがわかる。これが、9月に話題になった光秀書状の解釈で重要な意味を持つとされる平出である。2行目の最初が「皇国時運」とあるように皇室への最上級の敬意を表したものである。前にも触れたが、明治憲法の前文では「皇祖」や「皇宗」など皇室に関わる場合はすべて平出表現を採用しているので、はじめて見た場合に戸惑ってしまう。

 

ただし、平出表現であるからといって、必ずしも高貴な人であるとは限らない。たとえば近世ではたかだか数百石の旗本に対しても百姓は平出表現をとることもあり、皇族、上級貴族、上級武士などと単純に判断はできない。

 

また右ページ最終行真ん中から下の部分に「聖断を仰き同心協力無 皇国を保護」とあるが、「皇国」の直前に一字分空白がある。これを闕字と呼び、やはり敬意表現のひとつである。

 

ここに見られるように、平出あるいは闕字には表記ゆれが見られ、また相対的な表現であるため、これだけである特定の地位を指すとはなかなか言い切れない。

 

なおここで便宜的に「ページ」と呼んだが、正確には「右の丁ウラ」とすべきであった。和装本は、和紙を縦に半分に折り、袋とじにして製本する。この袋とじにしたもの一つ一つを「丁」と呼び、右側を「オモテ」、左側を「ウラ」と呼ぶのが習わしである。たとえば「52丁オモテ」とか「3丁ウラ」とするのが本来の作法である。