日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

天正16年5月18日充所欠戸田勝隆・浅野長吉連署判物写「定」

 

鍋島直茂が長崎の太閤蔵入地代官に任じられたことについて以前触れた。豊臣政権が当該地方の百姓たちをいかに支配しようとしたかを述べた史料を今回見ておきたい。

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     定


一、当所御料所*1ニ被仰付候上ハ、非分之儀*2有之間鋪事、


一、有様之御公物*3納所*4申上迄横役*5不可有之事、附り地子*6者得上意*7可免之、


一、当所之儀、此両人ニ被仰出候間、為代官飛騨守*8ニ預ケ置候間何も可得其意事、


一、黒舩*9之儀前〻の如くたるへきの間、地下人令馳走*10、当所へ可相付*11候事、


一、自然*12*13として不謂儀申置*14者有之共、一切承引仕間敷事、


右之旨相背輩於有之者、急度両人方ヘ可申越候、堅ク可申付者也、仍而如件、

 

  天正十六年五月十八日*15  戸田民部少輔勝陣*16


               浅野弾正少弼長吉

 
(「大日本史料総合データベース」11編912冊195頁)


(書き下し文)

 

     定


一、当所御料所に仰せ付けられ候うえは、非分の儀これあるまじきこと、


一、ありようの御公物納所申し上ぐるまで横役これあるべからざること、つけたり地子は上意を得これを免ずべし、


一、当所の儀、この両人に仰せ出だされ候あいだ、代官として飛騨守に預け置き候あいだ、いずれもその意を得べきこと、


一、黒舩の儀前〻のごとくたるべきのあいだ、地下人馳走せしめ、当所へ相付くべく候こと、


一、自然下として謂われざる儀申し立つる者これあるとも、一切承引仕るまじきこと、


右の旨相背く輩これあるにおいては、急度両人方ヘ申し越すべく候、かたく申し付くべきものなり、よってくだんのごとし、

 

(大意)

   

    定め書き

 

一、当所を秀吉様の直轄地とした以上、謂れのない負担を強制することは禁ずる。

 

一、嘘偽りのない年貢納入を終えるまで横役などを懸けてはならない。つけたり、地子については当方へ上申し許可を得た上で免除とする。

 

一、当所の支配については勝隆・長吉両名を通じて直茂を代官に任じたのでその旨心得ること。

 

一、南蛮船については従来通りなので、地下人が奔走し、当所へ着船させること。

 

一、万一「下々の者」として正当な理由のない異議申し立てをしようとも、一切聞き届けてはならない。

 

右の箇条に背いた者がいた場合は、この両人へ上申すること。厳科に処すものである。

 

 

    

 

本文書は充所を欠いているため「誰に」命じたのかが明らかでないが、おそらくは「遵法精神を期待されている」上層階層であろう。「御料所」=太閤蔵入地の代官に鍋島直茂を任じ、年貢納入を彼に委ね、また「当所」の治安維持は戸田勝隆、浅野長吉が担ったということになる。複雑だがそういうことになろう。概念図を下に掲げておいた。

Fig. 蔵入地代官鍋島直茂と戸田勝隆、浅野長吉

 

 「公」と「私」

 

年貢を「公の物」と呼ぶことについて少々述べておきたい。日本の歴史上「公」とは朝廷を意味してきた。それに対する概念として「私」である。またその中間に位置するはずの「公共」(みんなの)もまた「公」と同じように使われることが多い。簡単にまとめてみた。

 

Table.1 「公」と「私」

Table.2 「祖」と「税」と「貢」
 

今日taxにあたるものをわれわれは「租税」と呼んでいるがもともとは朝廷に納める「貢ぎ物」といったようなものが原型だった。
 
本来「公」には「国家」以外に①社会全体の、②情報が公開されている、③公正・公平であることの意味も含意していたのだ。

 

*1:「蔵入地」と同義。ここでは太閤蔵入地。徳川期にも「蔵入」を用いる

*2:「領主」などと称して課役することなど

*3:年貢など、年貢を「おおやけのもの」と呼ぶ点については後掲「公と私」を参照されたい

*4:納める

*5:横合いから非分の課役を懸けること。戦国大名などはこれを禁じている

*6:年貢以外の雑税

*7:代官の意思

*8:鍋島直茂

*9:ヨーロッパから来た艦船が黒く塗装してあったため、中国船や和船と区別するためこう呼ぶ

*10:奔走すること、適切に処理すること

*11:着船させる、こちらを港とする

*12:万が一にも

*13:地下人=じげにん

*14:立カ

*15:G暦1588年6月12日、J暦同年同月2日

*16:勝隆