日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

天正15年9月8日小早川隆景宛豊臣秀吉判物

 

 

    此御朱印*1見分、陸奥守*2其外へ、早〻可被相届候、
 
 去月廿三日書状、今日八日於大坂披見候、肥後表之儀付、安国寺*3境目迄遣、一定之儀*4被申越候、満足思召候、
 
一、由断在之間敷候へ共、弥被入精、筑後衆・肥前衆両国之者、肥後へ龍造寺*5申談、藤四郎*6為大将、安国寺相副*7遣、隆景者くるめ*8之城ニ在之尤候、両国之者共人数計ニて行*9於難成者*10、黒田勘解由*11・森壱岐守*12両人をも其地へ召寄、其方手人数被相副、二番*13可相立儀可然候事、
 
一、其人数にても事不行候者、毛利右馬頭*14立花城*15迄被出馬、くるめ城前筑紫*16居候つる*17*18、両城ニ慥成留主を被差籠、於其上隆景三番目ニ彼一左右次第ニ*19、くるめゟ可被相立候事、
 
一、何之国ニ何事出来*20候共、守此旨、丈夫可申付候也、
 
  九月八日*21 (花押)
 
    小早川左衛門佐とのへ*22

 

(三、2294号)

 

(書き下し文)

 

 去る月廿三日の書状、今日八日大坂において披見候、肥後表の儀について、安国寺境目まで遣わし、一定の儀申し越され候、満足に思し召し候、
 
一、由断これあるまじくそうらえども、いよいよ精を入れられ、筑後衆・肥前衆両国の者、肥後へ龍造寺申し談じ、藤四郎大将として、安国寺相副え遣わし、隆景は久留米の城にこれありてもっともに候、両国の者ども人数ばかりにて行なりがたきにおいては、黒田勘解由・森壱岐守両人をもその地へ召し寄せ、その方手人数相副えられ、二番相立つべき儀しかるべく候こと、
 
一、その人数にても事行かずそうらわば、毛利右馬頭立花城まで出馬せられ、久留米城前筑紫居りそうらいつる城、両城にたしかなる留主を差し籠められ、その上において隆景三番目に彼の一左右次第に、久留米ゟ相立たるべく候こと、
 
一、いずれの国に何事出来候とも、この旨を守り、丈夫申し付くべく候なり、
 
 
この御朱印見分し、陸奥守そのほかへ、早〻相届けらるべく候、

 

(大意)

 

 

 8月23日付の書状、今日8日大坂において拝読しました。肥後国人一揆の件、安国寺恵瓊を肥後国境まで派遣し、確実な状況をお伝えくださいましたこと実に満足です。
 
一、油断があってはならないので、今後も入念に筑後の者や肥前の者たちを、龍造寺政家と談合して肥後へ赴き、小早川秀包を大将とし、安国寺を副官として派兵し、隆景は久留米城入城したとのことは適切なことです。筑後肥前の者嶽の軍勢で鎮圧できなければ、黒田孝高・毛利吉成両名を肥後に招集し、そなたの手勢をつけて、二番手として出陣すること、
 
一、孝高・吉成が加勢しても鎮圧できなければ、毛利輝元を立花城まで出馬させ、久留米城および以前筑紫広門が居城としていた勝尾城の両城に信頼できる留守番を置き、その上で隆景が三番手として彼の下知次第、久留米を出発すること。
 
一、どこの国で何が起きようと、この旨を守り、しっかり命じるように。
 
 
この朱印状を見次第、佐々成政ほかに、早速お届けください。

 

Fig. 筑前国立花城・筑後国久留米城周辺図

 

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                   『日本歴史地名大系 福岡県』より作成

 ①は肥前や筑後にいる者たちを、佐賀の龍造寺政家と連携しながら招集し、小早川秀包を大将、安国寺恵瓊を副将として派兵したことと隆景が久留米城に着陣したとの報告を受け、さらに二番手として孝高・吉成軍を投入するよう指示している。

 

②はそれでも鎮圧できないときは筑前国糟屋郡の立花城に毛利輝元を置き、久留米城と勝尾城に「留主」を置き、隆景に三番手として攻撃するように命じている。

 

③はどこの国でどのようなことが起きようとこの趣旨を堅持するよう命じている。「決して油断しないように」しかし、手勢で鎮圧できないときは二番手、三番手を送るよう指示している。今風にいえば「プランB」、「プランC」を具体的に示していたわけである。危機管理の要諦は「最悪に備え最善を願う」ことだとはアメリカドラマのセリフであるが、秀吉は「最悪」に備えていた。楽観視しないというのが秀吉の流儀だったのだ。

 

*1:この文書。正確には花押のある「判物」で「朱印状」ではないが、おそらく同じ文書を複数発給して宛名により花押と朱印の使い分けをしたのだろう

*2:佐々成政

*3:恵瓊

*4:確定していること

*5:政家

*6:小早川秀包

*7:補佐

*8:久留米、図参照

*9:テダテ、軍事行動

*10:筑後や肥前の軍勢だけで鎮圧できないときは

*11:孝高

*12:毛利吉成

*13:二番手

*14:輝元

*15:筑前国糟屋郡、図参照

*16:広門

*17:完了の助動詞「つ」の連体形

*18:以前筑紫広門が居城としていた肥前国基肆郡勝尾城、図参照

*19:隆景の下知があり次第

*20:シュッタイ

*21:天正15年

*22:隆景