於作州*1知行分之事
一、高野郷*2 参百貫文
一、南方 弐百貫文
一、田中 百五拾貫文
一、新野 弐百貫文
右都合千百五拾貫文、為本地*5之上者、不可有相違候、但先判*6相除之、全可有知行候、弥可被抽忠節候事肝要也、仍而如件、
天正六
三月十五日 秀吉(花押)
中島吉衛門尉殿*7
同右兵衛尉殿
同市内丞殿
「一、163号、55頁」
(書き下し文)
作州において知行分のこと
一、高野郷 参百貫文
一、林田広野地頭領家 合三百貫文
一、南方 弐百貫文
一、田中 百五拾貫文
一、新野 弐百貫文
右都合千百五拾貫文、本地たるのうえは、相違あるべからず候、ただし先判これを相除き、まったく知行あるべく候、いよいよ忠節ぬくんずらるべく候こと肝要なり、よってくだんのごとし、
(大意)
美作国において次の通り知行を宛行う
一、高野郷 300貫文
一、林田、広野、地頭、領家*8 合せて300貫文
一、南方 200貫文
一、田中 150貫文
一、新野 200貫文
右の通り合計1150貫文本領安堵するので、相違ないように。ただし先に発給した文書の分は除くものとする。今後も忠節をつくすように。
Fig1. 美作知行充行状周辺図
Fig.2 美作国概念図
単位が石高でなく貫高であることから検地を行ったうえでの宛行でなく、中島一族からの自己申告をそのまま認めたものであろう。