誓詞前書之事
一、義久・兵庫頭*1分領御検地惣奉行ニ被差下ニ付、私之
依怙を存、兵庫頭之為、又者治部少輔*2殿為あしき儀
様ニ可申付候事、
一、今度上方ゟ被差下候御奉行衆、誓紙をそむかれ、無
沙汰之族在之者、少茂不見隠不聞隠、有やう之段可
申上候事、
一、今度国元ニ居申候者共、奉行ニ被申付候頭/\小奉
行手前/\、誓紙筆本*5を見申候て、上可申候事、
右若偽在之者、(後欠)
「大日本古文書 島津家文書之二」1097号文書、399頁
(書き下し文)
誓詞前書のこと
一、義久・兵庫頭分領御検地惣奉行に差し下さるにつき、私の依怙を存じ、兵庫頭のため、または治部少輔殿のためあしき儀つかまつり候まじく候、かねてはまた、傍輩申さるところをかへりみず、よろず有様に申し付くべく候こと、
一、今度上方ゟ差し下され候御奉行衆、誓紙をそむかれ、無沙汰の族これあらば、少しも見隠さず聞き隠さず、有やうの段申し上ぐべく候こと、
一、今度国元に居り申し候者ども、奉行に申し付けられ候頭/\小奉行手前*6/\、誓紙筆本を見申し候て、上げ申すべく候こと、
右もし偽りこれあらば、(後欠)
(大意)
起請文前書のこと
一、義久・義弘領国中の検地に惣奉行を派遣することについては、私的な依怙贔屓で、義弘殿のため、あるいは石田三成殿のために悪事を働かないようにします。また、傍輩の言い分に耳を貸さず、すべてあるがままに命じます。
一、このたび、上方より派遣されました御奉行衆が、この起請文の趣旨に背き、無沙汰を働いている者がいたならば、少しも隠さず、あるがままを上申します。
一、このたび領国中にいる者で検地奉行を命じられた責任者や小奉行の領分を、この起請文を確認した上で上申します。
以上、もし偽りがあったなら(後欠)
この文禄3年の検地は本格的だったようで50人以上が京都から派遣されている*7。「樺山紹劔自記」には薩摩の案内は樺山忠助、日向は伊地知氏、大隅は吉利氏と見える。この案内者がこの文書の「奉行に申し付けられ候頭」や「小奉行」にあたるのだろう。
第2条では秀吉が派遣した検地奉行が「不正」を働いたら上申するように誓っている。島津家中の検地担当者と派遣された奉行衆を互いに監視させるにしている。このように秀吉による検地はかなり大がかりかつ厳密に行われたことがわかる。