日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

岡村道雄『日本の歴史 第01巻 縄文の生活誌』(講談社、2000年第1刷)

この書籍には「読者の皆様へ」と題されたパンフレットがはさまれている。20世紀最後の年、この通史刊行中に、旧石器遺跡捏造事件が露見した。この書の多くがその捏造された「遺物」「遺構」「遺跡」に負っているため、記述の信憑性が根底から覆ることも当然予想される。そこには次のような一文が見える。

 

多くの皆様からご質問も多数寄せられていますので、ここに、編集委員並びに編集部の見解をご報告させていただきます。

 

見解といっても事件が発覚した直後なので、今後の心がけ程度のことしか書かれていない。それも当然である。20年以上の「蓄積」が雲散霧消した直後のことだからだ。

 

卒業論文に関するトラブルをツイートしたなかに、友人のと断られているが、執筆中にこの事件に遭遇した4年生の悲劇に触れているものがあった。ご本人も不本意な卒論を提出しただろうことは推察できるものの、学生生活の集大成とどのように折り合いをつけたのか、その心情は想像だにできない。

 

パンフレットではさらにこう続く。

あらゆる学問は事実や資料にもとづくものであり、それが捏造されたり改竄されたりすることはあってはならないことで、今回の行為は、まことに許しがたい行動であります。

 

2000年11月といえば、コンピュータのY2K(Year 2 Kiro)問題を無事乗り越え、21世紀へのカウントダウンがはじまりかけたころである。もっとも、ミレニアムのカウントダウンを終えたばかりだが。

 

なお、この書籍はリコールされている。