日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

2026-01-01から1年間の記事一覧

19世紀末小作農の家計

前回、前々回に引き続き「如何にして生活すべき乎」から「農業」の代表としてあげられている夫婦二人で営む小作農の家計を見ておきたい。あくまでも目安でしかないが、それでも農村経済の一面を垣間見る史料として採用した。 dl.ndl.go.jp 田畑と屋敷地は小…

19世紀末東京市内の大工の家計について(続)

前回取り上げた大工の収支をもう少し詳しく見てみたい。 dl.ndl.go.jp 本史料を一覧すればわかるように、稼業は産婆、小学校経営者、差配人、煙草屋、高等文官など実に様々であって収入も「祝儀」、「俸給」、「揚がり」、「月謝」、「利益」など多岐にわた…

19世紀末東京市内の大工の家計について

数年前ある書籍の読了後、怒りにも似た感情が湧き出ることを禁じ得なかった。引用された史料の読み方がおかしいにもかかわらず、それを数値計算で糊塗していたからだ。時代背景を理解していないがゆえに見逃すべきでない論点も多く、当然計算にも問題があっ…

天正18年7月5日如春尼宛豊臣秀吉朱印状

なを/\うちなお*1事、ぬし*2一人はらをきり、たてこもるものとも、いのちをゆるし*3候やうにと、さま/\なけき*4候へとも、ゆるし申さす候、なにさまにも*5ほとなく存分のことく申つけ候へく候*6まゝ、御心やすく候へく候、かしく この面見まひ*7として御…

天正18年7月3日充所欠豊臣秀吉朱印状写(道作につき法度)後編

一、船渡橋*1以下見計、橋□□へき所付しるし可申上事、 一、橋之材木、其近所之山林にてきりよせさせ可集置候*2、重而被遣御奉行*3、橋をかけさせらるへき事、 一、会津まての道すち・御□*4まり*5共、城〻にても御座所*6之儀、城主*7并在番*8之者共ニ可申付事…

天正18年7月3日充所欠豊臣秀吉朱印状写(道作につき法度)前編

今回は充所を欠くが、伊達家に伝わる朱印状写を採り上げる。小田原から会津に至る街道の整備と百姓から人夫役を徴発する基準を定めている点で興味深い。ただし長文なので前半後半に分けて読むことにする。 従小田原面至于会津道作御法度事 一、道作之為奉行…

天正18年6月29日上杉景勝宛豊臣秀吉朱印状

於八王子城虜*1之女共*2六十余人被差越候*3、則雖可被*4加御成敗候、国*5可成忘*6所候と被*7思召、何茂被*8助遣候条、在〻江如元慥ニ送届、可被*9返付候、但小田原ニ籠城之者共妻子ハ、最前請取候城〻如並申付、可被*10遣候、猶増田右衛門尉*11可申候也、 六…

天正18年6月28日加藤清正宛豊臣秀吉朱印状

関東御陣為見舞、使者殊筒*1服一・帷子百到来、遠路切〻懇志思召候、仍此表之儀、弥無残所被仰付候、武州鉢形城*2北条安房守*3居城候、被押詰、則可有御成敗と被思召候処ニ、命之儀被成御助候様ニと、御侘言*4申上二付、去十四日城被請取候、安房守剃髪山林*…