日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

2018-05-01から1ヶ月間の記事一覧

ファミリーヒストリー 宝暦年間の文書を読む

多摩郡久米川村*1 宝暦元年 名主 作右衛門(印) 未十二月 組頭 浅右衛門(印) 同 伝右衛門(印) 同 又兵衛(印) 同 武兵衛(印) 同 権兵衛(印) 百姓代 藤右衛門(印) 同 宇兵衛(印) 表紙に「村鑑明細帳」とあるので「年貢取立ての記録」というテロ…

小牧長久手合戦において天正14年織田信雄黒印状が何を説明するのか???

過日、某番組が小牧長久手の合戦で、秀吉が織田信雄と戦いたくなかった傍証として天正14年7月23日飯田源一郎宛織田信雄黒印状(安土城考古博物館蔵)をあげていた。 内容は知行宛行状で、この時期信雄は大量に発給していた。 さて、秀吉の関白宣下はこの前年…

西郷どん 第20回「正助の黒い石」 安政6年11月5日誠忠組宛島津茂久直書

茂久公有志士へ与ル書 方今世上一統動揺不容易時節ニ候万一事 変到来之節者(闕字)順聖院様御深志ヲ貫 キ以テ国家奉護天朝ニ可抽忠勤心得ニ候 各有志之面々深相心得国家之柱石ニ相立 我之不肖ヲ輔不汚国名誠忠ヲ尽呉候様偏 ニ頼存候仍而如件 安政六年己未十…

文禄3年2月5日松平家忠宛徳川家康伏見御普請中法度を読む

伏見御普請中法度事一、喧嘩口論一切可令停止事、 付、荷担之輩於有之者、妻子共可為死罪事、一、今般御普請中、侍小者届なく上方衆成敗候共、其砌令堪忍、追而可及理事、一、御普請奉行申付儀、少茂違儀有間敷事、一、御普請中より欠落之者於有之者、妻子共…

夏目漱石の書簡(はがき)をちょっと読む

mainichi.jp www.yomiuri.co.jp ハガキの一部を少々読んでみる。 (絵の上部) 万一手紙ヲ出スナラ 公使館ニアテヽ(公使館に宛てて) 呉玉へ、(くれたまえ) 一番慥カト(たしかかと) 思フ (中略) 僕ガ到着ノ翌日 (僕が到着の翌日) マゴツイタ処 (ま…

上杉鷹山の格言「為せば成る、為さねば成らぬ何ごとも。成らぬはひとの為さぬなりけり」の言及範囲

教訓がましい話をするとき、よく引用されるのが上記の格言である。こういう格言を好むひとは世間に多いようであるが、いったいどの程度の範囲に言及した言葉なのだろうか。可視化してみた。 「為さねばならぬ何ごとも」については全称命題にあたるので、単純…

「鎌倉幕府は1192年に始まった」は命題でない?!

偶然こういう講義ノートを見つけた。 docs.google.com 13頁の最後の行に注目されたい。 鎌倉幕府がいつできたかはそれぞれの解釈によるので、この文の真偽を判定することはできない。したがって命題といえない、ということなのであろう。

永禄9年8月28日田中某宛一色藤長・三淵藤英連署書状を読む 補遺

前回の記事で言及できなかった論点を村井祐樹「幻の信長上洛作戦」(『古文書研究』78号、2014年)からおぎなっておきたい。 japanesehistorybasedonarchives.hatenablog.com 1.ほぼ同文の文書14通が紙背文書として米田家に伝わっている。 2.「国中」が指す…

永禄9年8月28日田中某宛一色藤長・三淵藤英連署書状を読む

2014年「米田家文書」の紙背に、織田信長上洛に言及した一色藤長・三淵藤英連署の文書が見つかった。 綴じ穴が4箇所あることから、反故にしたあと横帳として利用されたことが推測されるが、詳しいことは伝えられていない。 www.nikkei.com www.museum.pref.k…

古文書調査の作業風景

こういった目録をとる作業が古文書調査のメインとなる。ただ、封筒にすでに入れられていることや状態がきれいなことからすでに燻蒸などの処理がなされたあとであろう。鼠の糞やほこりにまみれている状態で発見されるの普通だ。虫食いがひどくて開けない文書…

元亀元年8月10日東寺、明智光秀の下久世庄「押妨」を訴える

東寺百合文書「ひ函175号文書」によれば、元亀元年明智光秀が下久世庄の年貢公事などを納めず困窮しているので、やめさせて欲しいと東寺が幕府に願い出ている。同じ年の8月19日東寺領上久世庄名主百姓にあてて秀吉が、信長の朱印が出されたので年貢諸役を東…

元号の歴史上もっともむずかしい時期を「日本人のおなまえっ!」はどう扱ったか???

南北朝期、北朝、南朝それそれで異なる年号を使っていた。 これを「日本人のおなまえっ!」ではこう説明した。 うまい説明ととるか、稚拙なまやかしと見るかは判断が分かれるところだろう。

戊辰戦争時の人相書

福島県歴史資料館にて戊辰150年「村人たちの戊辰戦争」展が開かれているそうだ。 www.history.fcp.or.jp チラシ2頁左下に人相書がある。 人相書 旧会藩 武川一郎 一、年齢五十三四歳位 一、顔長ク頬細キ方 一、眼丸ク大キナル方 一、眉太キ方 一、中背 一、…

ある婚活サイト/アプリのコマーシャルにモヤモヤする

婚活サイトだかアプリだかのCMで「時代小説好きの女性」と「歴史好きの男性」をマッチングさせて成婚にいたらせる、というものを見た。 とてもモヤモヤする。男性の設定を変えてみよう。 男性「ぼくは学生時代日本中世史を勉強しました」 女性「じゃあ古戦場…

大正15年『良人操縦の秘訣百ケ条』(主婦の友社)より

今から1世紀前ほど前に出版された。 国立国会図書館デジタルコレクション - 良人操縦の秘訣百ケ条 「悪遺伝」というのはずいぶんな言い方だ。 婚約時代は気前のよい紳士でも、結婚後は吝嗇家になる、というより男とはそういうものである、と諦めなさいという…

古代文書を読んでみる???????

奈良時代、下級役人借金地獄 上司の要求断れず、超高金利月15%――:朝日新聞デジタル https://t.co/Atc8M2jqxE — 吉川弘文館営業部official (@yk_sales) 2018年5月2日 謹んで解し申す月借銭を請うのこと 合わせて三百文 利月別三十九文 右くだんの銭、二箇…

日葡辞書に見える「忍び妻」「四民」「士農工商」

シノビ(忍び)戦争の際に、状況をさぐるために、夜、または、こっそりと隠れて城内へよじ上ったり陣営内に入ったりする間諜。「忍びをする」上述のように探索をするために入り込む。「忍びが入った」間諜が入り込んだ。(日葡辞書) — 室町言葉bot (@muroma…

中近世移行期における「笑止」の意味

「古文書フルテキストデータベース」で「笑止」を検索した結果がこちら。 docs.google.com そのなかから意味がわかりやすい寛永15年の事例を挙げる。 表62、63の「細川家文書」 1月27日川越で火事があったようで松平には「苦々しき儀」つまり「残念なこと」…