日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

天正11年閏1月29日脇坂安治外宛羽柴秀吉書状

   尚以右之趣*1三色*2ニ付わけ可申候、聊不可有由断候、已上、

 態申遣候、

一、まへ*3村井*4所に奉公し候つるとんさい*5家之事、町人ニ売候之処、只今相改由候、此儀者曲事ニも無之者之事候条、其まゝ置*6可申候事、

一、前曲事なる者之家をハ、町人ニ売候者、堅遂糺明可取上事、

一、前曲事ニも無之奉公人*7之家、町人買候をハ、今更改候儀無用候、右能〻念をやり可申付候、恐〻謹言、

                   筑前

  閏正月廿九日*8             秀吉(花押)

    脇坂甚内殿*9

    森兵吉殿*10

    か藤虎介殿*11

                                  「一、578号、185頁」

 

(書き下し文)

 わざわざ申し遣し候、

一、前村井所に奉公しそうらいつる頓才家のこと、町人に売り候のところ、ただいま相改むるよしに候、この儀は曲事にもこれなき者のことに候条、そのまま置き申すべく候こと、

一、前曲事なる者の家をば、町人に売り候者、かたく糺明を遂げ取り上ぐべきこと、

一、前曲事にもこれなき奉公人の家、町人買い候をばいまさら改め候儀無用に候、右よくよく念をやり申し付くべく候、恐〻謹言、

 

なおもって右の趣三色に付け分け申すべく候、いささかも由断あるべからず候、已上、

(大意)

 書面にて申し入れます。

一、以前村井貞勝のもとで奉公していた才能ある者の家について、町人に売却しようとしたところ、現在調べているとのこと。この者は曲事を犯していないので、放置しておくこと。

一、過去に曲事を犯した者の家を町人に売る者はきびしく取り調べた上で没収すること。

一、過去に曲事を犯していない奉公人の家を、町人が買い取るのを今更になって取り調べるのは無用です。右の点に十分注意してください。謹んで申し上げました。

 

なお、右の件「三色」に付けて分けるようにしてください。くれぐれも油断のないように。以上。

 この文書は脇坂安治加藤清正、毛利重政といった秀吉子飼いの重臣たちに充てたものである。彼ら三名の顔ぶれから「何かやらかした」のかどうかは確認できないが、奉公人が家屋敷を町人に売却することがたびたびあったらしい。そして、三名がそうした売買に介入したのを秀吉が、売る側の奉公人が過去に曲事犯していないかどうかで区別せよと命じた。

 

信忠とともに落命した村井貞勝に奉公していた者に象徴されるように、主家の盛衰が流動的であったので、家屋敷の売買が行われていたらしく、町人がそれらを買いとっていた。注意したいのは家を売却するのは奉公人であり、買い取るのはもっぱら町人だった点である。したがって家の売買一般についての命ではなく、奉公人が売り手である場合についてと解するのが妥当であろう。

 

*1:追而書なので「右」はもちろん「左」の意

*2:三種類、未詳

*3:前、以前

*4:貞勝

*5:頓才、知恵や機転のはたらく者

*6:差し置く、そのままにしておく

*7:「侍」、「若党」など

*8:天正11年

*9:安治

*10:重政、文禄年中に「森」から「毛利」へ改姓

*11:加藤清正