天正20年8月14日、島津義久宛に4通の朱印状が発せられた。そのうち2通はすでに読んだ。
http://japanesehistorybasedonarchives.hatenablog.com/entry/20190218/1550462717
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秀吉は11月5日、島津領国中に滞在している細川藤孝と島津義久にさらに朱印状を発給した。
義久宛を読んでみる。
其方台所方*1不如意*2旨、被聞召及候之条、大隅・薩摩両国寺社領事落取*3、蔵入*4ニ可被申付候、其方者神者*5候間、可為迷惑*6候へ共、従公儀*7被仰出事候間、更以非私候条*8、無其機遣*9可申付候、但立置度寺社事*10者相除、其外者被落取、台所方心安様ニ可被申付候、幽斎*11事も此度何迄も令逗留、相究候様ニと被仰遣候、御検地*12之儀、当年者所務ニ指相*13候ハん間、来年被仰付可被遣候条、其中者先右之分可然候、次大舩被為作候付て、楠木・杉事、於領国幽斎相談、見立書付を以可被申越候、猶石田木工頭*14、長束大蔵太輔*15可申候也、
十一月五日*16(秀吉朱印)
「島津家文書之一」369号、360~361頁、「豊臣秀吉文書集五」4287号、263頁
(書き下し文)
その方台所がた不如意の旨、聞し召し及ばれ候の条、大隅・薩摩両国寺社領のこと落ち取り、蔵入に申し付けらるべく候、その方は神者候あいだ、迷惑たるべくそうらえども、公儀より仰せ出ださることに候あいだ、更にもって私にあらず候条、その気遣いなく申し付くべく候、ただし立ち置きたき寺社のことはあい除き、その外は落ち取られ、台所方心安きように申し付けらるべく候、幽斎こともこの度何までも逗留せしめ、あい究わめ候ようにと仰せ遣わされ候、御検地の儀、当年は所務に指しあいそうらわんあいだ、来年仰せ付けられ遣わさるべく候条、その中は先ず右の分然るべく候、次に大舩作らせられ候について、楠木・杉のこと、領国において幽斎あい談じ、見立て書付をもって申し越さるべく候、なお石田木工頭、長束大蔵太輔申すべく候なり、
(大意)
島津家の台所事情が逼迫していると聞き及んでいます。大隅、薩摩の両国の寺社領を没収し、直轄地にしなさい。そなたは信心深いので、途方に暮れていることだろうが、これは公儀による命であり、私的な事情からではないので、心配なく寺社に命じなさい。ただし、そのままにしておきたい寺社は除き、あとはすべて没収し、台所事情を安定させるよう命じなさい。幽斎にもいつまでも現地にとどまり、完遂するようにと命じました。検地は、今年は年貢収納に差し障りがあるので、来年に行います。まずは以上の件をしかるべく行いなさい。次に大船の製造については楠木、杉を幽斎とともに、見繕って書き上げなさい。なお詳しくは石田正澄、長束正家が申し上げます。
なお同日付で、幽斎宛にもほぼ同文の朱印状を秀吉は発している。
其地長々辛労候、仍大隅・薩摩両国寺社領事、義久立置度所者相除、其外者悉落取、①義久蔵入ニ可申付候、当年②御検地御奉行被遣候者、所務ニ指合候ハんと思召候之条、来年被成御検地可被遣候間(以下略)
「豊臣秀吉文書集五」4289号文書、264頁
下線部①から本文中の「蔵入」が島津家直轄領であること、②から来年予定されている検地が秀吉の奉行*18を派遣して行われるものであることがわかる。この予定は実際には文禄3年にずれ込むが。
また3月から始まった対外戦争のため大船が大量に必要だったようで、島津家領国中の楠木、杉(幽斎宛では松も)を調べ上げ、書き付けるように命じている。
前回読んだ翌文禄2年2月の史料から、漁村から船頭水主が根こそぎ動員されたことを述べたが、この木材調達は山村へも動員が及んでいたことを示唆する。また、前回読んだ文書は吉川家文書にも残されている*19。農山漁村に及ぶまさに総動員体制だったわけである。
*1:財政状況
*2:困窮してる
*3:没収すること
*4:島津家直轄地
*5:信心深い者
*6:途方に暮れること
*7:秀吉のこと、みずからを「おおやけの儀」=「公儀」と称する。対義語は「わたくしの儀」=「私儀」
*8:すでに「公儀より」と述べているのにたたみかけるように「私にあらず」と強調している
*9:「気遣い」=心配、懸念
*12:「御」があるので島津家が行う検地ではなく、秀吉による検地を意味する
*13:「指合」=差し支えがあること
*14:正澄
*15:正家
*17:義久
*18:「御奉行」
*19:「吉川家文書之一」783号文書 https://clioimg.hi.u-tokyo.ac.jp/viewer/view/idata/850/8500/05/0901/0750?m=all&s=0750