日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

元号の難陳は、「和音」で行うべしという主張

 

天明改元の始に、或人眉を顰て、諺に天命*1に盛ると云事有り*2、此年号の間に、何ぞ盛る*3大事*4有らんと囁しが、果して千とせ*5経る繁栄の平安城*6、まさに尽て*7新都となんぬ*8、往し*9明和改元の折からも、八年迄の間は、異なる事も有まじ、明和九に至らば、世人迷惑する事あらんと申せしが、明和九辰年世難数々有て、安永に改られぬ、昔も例なきにあらず、平治改元の時、大宮の左府*10伊道公*11、之を難ぜられて*12平治は平地なり、上下なからんやと宣ひしが、案の如く上下を分ぬ世と成けらし、此伊道公は常に狂語を宣ひて興ぜらるゝ事多かり、其頃阿波*13の大臣と称する人おはしけるを笑ひ給ひて、昔こそきびの大臣はあなれ、今またあはの大臣出たり、後の世には定て稗の大臣、麥*14の大臣など出来ぬべしと興せられぬ、是等唐土の滑稽*15に近し、滑稽は道に非ずして、而も道なる物と云り、和国にては、和音*16の通ずる処をもて、吉凶おのづから顕はるゝなり改元の時諸卿の難陳は、字義*17に寄る許なり、冀くは*18俳諧に長ぜしものを難陳に召加へられなば、此難*19は有べからず俳諧則滑稽なり、既に軍陳*20には和音の響をもぱら*21用らるゝ事にて、御当家*22国初にも桂の里の桂姫*23、美濃の大柿*24をはじめ、いさゝかの言葉に、吉凶をはからるゝ例不可勝計*25

           底本は国立国会図書館蔵「翁草 校訂 第十七」

 

国会図書館蔵の「翁草」*26は異本と言われている。

 

下線部①は「明和九年」は「迷惑年」と読めるので、8年までは安心できるが9年になると大事が起きると噂されていた、とある。ただこれは後付けの可能性がある。

 

②には平治が「平地」に通じ、上下の秩序が崩れると藤原伊通が主張し、実際そうなったとある。

 

③は日本では「和音」で吉凶を占うことができると述べている。

 

④では年号を決める難陳に儒学者に加えて、俳諧に通じた者を列席させよ、と述べている。

 

要するに、俳人である「翁草」の著者、神沢杜口(かんざわとこう)のような者を難陳に加え、日本の古典から年号を決めるべきと主張しているのである。

 

 田沼意次松平定信のころ、すでにこうした主張が見られたことは興味深い。

 

*1:天罰

*2:天罰が度々下るの意

*3:サカル、勢いが盛んになる

*4:危険な状態

*5:千歳

*6:平安京

*7:ガリテ、衰えること

*8:天明8年の大火

*9:ユキシ、過去の、かつて

*10:左大臣唐名

*11:藤原伊通

*12:年号を決めるために難者と陳者にわかれて議論を重ねること、難陳

*13:「阿波」と「粟」

*14:「麦」の異体字

*15:俳諧の意

*16:日本流の漢字音、呉音、あるいは漢音・呉音以外の慣用音

*17:文字の表す意味

*18:こいねがわくは

*19:災い

*20:軍議

*21:もっぱら

*22:徳川家

*23:出陣の際に祝詞を述べる巫女

*24:駿河国桐雲寺にて献上された柿の名前が「美濃の大柿」だったことから、美濃大垣城はすでに落ちた、という故事

*25:勝るべからざるばかり=少しも多いわけではない

*26:寛政年間成立