日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの古文書オタ、いえ歴史学徒として史料を読んでいきます

永禄12年4月14日賀茂庄中宛木下秀吉・明智光秀連署状を読む

 

藤田達生ほか『明智光秀』(31頁、3号文書)

 

  猶以定納四百石宛ニ相定候也、以上、

城州賀茂庄之内、自先々落来候田畠、雖為少分、任御下知旨、賀茂売買之舛にて毎年四百石宛可運上、并軍役百人宛可有陣詰之由、得其意候、聊不可有如在事肝要候、恐々謹言、

 (永禄十二年)      木下藤吉郎

   四月十四日         秀吉(花押)

              明智十兵衛尉

                 光秀(花押)

   賀茂庄中

 

 

*賀茂庄:山城国相楽郡、下鴨社領のほか東大寺領、興福寺領など

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       『日本歴史地名大系・京都府』より作成

 

*落来:保有してきた

 

*御下知:同年同月10日賀茂庄中宛幕府奉行諏訪俊郷・飯尾貞遙連署奉書に「社領として当知行の分においては、先々のごとく相違あるべからず」(「織田信長文書の研究」上巻、311頁)とある。

 

*賀茂売買之舛:賀茂庄において使われる舛

 

*如在:手抜かり

 

*定納:作柄に関わりなく一定額を納める方式

 

(書き下し文)

  

城州賀茂庄のうち、先々より落ち来たり候田畠、少分たるといえども、御下知の旨にまかせ、賀茂売買の舛にて毎年四百石ずつ運上すべし、ならびに軍役百人ずつ陣詰あるべきのよし、その意を得候、いささかも如在あるべからざること肝要に候、恐々謹言、

 なおもって定納四百石ずつに

 あい定め候なり、以上、

 

(大意)

山城国賀茂庄のうち、以前より保有してきた田畠の年貢諸役について、幕府の命令のとおり、たとえ少量であっても賀茂庄売買のさいに使う舛で毎年四百石ずつ納めなさい。また軍役についても百人ずつ在陣しなさい。少しも手抜かりのないようにしなさい。謹んで申し上げました。

 繰り返しだが、定納石高として四百石に定めた。以上。