日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの古文書オタ、いえ歴史学徒として史料を読んでいきます

ファミリーヒストリー 宝暦年間の文書を読む

 

宝暦を「ほうれき」と読む人と「ほうりゃく」と読む人に分かれるので注意が必要である。

 

 

  f:id:x4090x:20180529102651p:plain

 

      多摩郡久米川村
 宝暦元年     名主  作右衛門(印)
   未十二月   組頭  浅右衛門(印)
          同   伝右衛門(印)
          同   又兵衛(印)
          同   武兵衛(印)
          同   権兵衛(印)
          百姓代 藤右衛門(印)
          同   宇兵衛(印)
  

*久米川村:江川太郎左衛門支配所と寺領           

   

 

  

f:id:x4090x:20180529103138p:plain

 

f:id:x4090x:20180529103200p:plain

          

 

(竪帳:表紙ウハ書)
「村鑑明細帳
      武州多摩郡
          野口村両組
           太右衛門扣」


            

     
一、米壱俵四斗入ニ而売買仕候、
一、御用金拝借仕候者無御座候、
一、御関所御当番等無御座候、
一、大木無御座候、
一、組分之村方ニ者無御座候、
一、困窮之村方ニ無御座候、
一、近村へ道法田無村江三里、府中へ三里、所沢へ壱里余、
一、御城下川越江五里、箱根御関所へ廿四里、駒木根(ママ)御関所江拾里御座候、
一、温泉無御座候、
一、近国ニ名山高山無御座候、相州大山江拾八里、
  冨士山江四拾里御座候、
右者村柄様子御尋ニ付書上ケ候処、少茂
相違無御座候、以上、
 宝暦四年戌十月

 

 

*「年貢取り立ての記録」としているが誤り、実際は「村明細帳」

 

*扣:「控」の異体字

 

*野口村:江川太郎左衛門支配所と寺領

 

*駒木根御関所:小仏・駒木野関所(現八王子市)

 

 

(書き下し文)

 

一、米一俵、四斗入りにて売買つかまつり候、
一、御用金拝借つかまつり候ものござなく候、
一、御関所御当番などござなく候、
一、大木ござなく候、
一、組分けの村方にはござなく候、
一、困窮の村方にござなく候、
一、近村へ道のり、田無村へ三里、府中へ三里、所沢へ壱里余、
一、御城下川越へ五里、箱根御関所へ二十四里、駒木根御関所へ十里ござ候、
一、温泉ござなく候、
一、近国に名山・高山ござなく候、相州大山へ十八里、冨士山へ四十里ござ候、
右は村柄様子お尋ねにつき書き上げ候ところ、少しも相違ござなく候、以上、

 

最初の條目は米1俵が4斗入であり、それで売買していると答えているが、年貢の話は出てこない。なぜこの文書が「年貢取り立ての記録」として紹介されたのか理解に苦しむ。表紙を読んでいないのだろうか。

 

領主、ここでは幕府直轄地なので幕府が、村の様子を尋ねた際に答えた文書の「扣」(ひかえ)であり、原本は幕府側にわたっている。