東寺百合文書「ひ函175号文書」によれば、元亀元年明智光秀が下久世庄の年貢公事などを納めず困窮しているので、やめさせて欲しいと東寺が幕府に願い出ている。同じ年の8月19日東寺領上久世庄名主百姓にあてて秀吉が、信長の朱印が出されたので年貢諸役を東寺へ納めるよう書状をしたためている*1。
http://hyakugo.pref.kyoto.lg.jp/contents/detail.php?id=28068
「大日本史料」元亀元年4月10日条
(端裏書)
「 (付箋)
「ひ 一七五」
(オモテ)
当寺八幡宮領下久世庄*4、年中為御神供料所*5等持院殿*6御寄附已来*7。干今無相違之処、明知十兵衛尉*8方、彼庄一職*9為上意*10被仰付由*11被申*12、年貢諸*13事物等、至干今無寺納候条、御訴訟可申上与存刻、殊ニ来十五日放生会料*14、従上下庄令沙汰*15之間、下庄へ申付候処、十兵衛尉一円*16存之間、雖為本所*17分、年貢諸公事*18等曾以*19不可致沙汰之由申、不能承引候、既上庄之儀者、厳重依被仰下、無相違神事法会執行、日々抽御祈祷精誠候、然ニ下庄之儀者、如此候へハ、放生会雖可及退転*20候、天下安全御武運御長久神事儀御座候間、先役者*21中ニ申付、可致執行存候、殊更自彼下庄、就放生会所出物并懃*22役等数多在之儀候、大様之儀迄、此度不可致沙汰之由申放候、無勿躰*23存候、所詮被退彼妨候様ニ*24、為公儀*25急度被仰出候様、宜*26預御披露候、
元亀元 四月十日 禅我
(折封ウハ書)
「松田主計大夫殿*27
飯尾右馬助殿*28」
(書き下し文)
(端裏書)
「下久世の儀について上意へ申状、元亀元」
(オモテ)
当寺八幡宮領下久世庄、年中御神供料所として、等持院殿御寄附以来今に相違なくのところ、明智十兵衛尉方、彼の庄一職上意として仰せ付けらるるよし申され、年貢諸公事物など、今にいたり寺納なく候条、御訴訟申し上ぐべしと存ずるきざみ、殊に来たる十五日放生会料、上下庄より沙汰せしむるのあいだ、下庄へ申し付け候ところ、十兵衛尉一円存ぜざるのあいだ、本所分たるといえども、年貢諸公事物などかつてもって沙汰いたすべからざるのよし申し、承引あたわず候、すでに上庄の儀は、厳重仰せ下さるにより、相違なく神事法会執り行い、日々御祈祷精誠をぬき候、しかるに下庄の儀は、かくのごとくにそうらえば、放生会退転に及ぶべく候といえども、天下安全御武運御長久の神事の儀にござ候あいだ、まず役者中に申し付け、執行いたすべくと存じ候、ことさらかの下庄より、放生会について所出物ならびに懃役などあまたこれある儀に候、大様の儀まで、このたび沙汰いたすべからざるのよし申し放ち候、勿躰なく存じ候、所詮彼の妨げ退かれ候ように、公儀として急度被仰せ出され候よう、よろしく御披露に預かるべく候、
(大意)
(端裏書)
「下久世庄の件について幕府への訴状 元亀元年」
(オモテ)
当寺領の下久世庄は、足利尊氏様の御寄進以来現在まで滞りなく年貢諸役を徴収してまいりました。ところが明智光秀が「下久世庄は上意(信長か義昭)よりわれわれが一職与えられている」と言い張り、年貢諸役を当寺に納めません。下久世庄へ「年貢などを納めなさい」と命じても、光秀は「(現地を差配する)当方は一向に聞いていないので、荘園領主といえどもそちらへ納入することなどありえない」と抜かし一向に首をタテに振りません。光秀の所業を幕府として止めさせるようここにお訴え申し上げます。
永禄11年信長が上洛したころから光秀の「押領」は続いたようで、信長からの拝領であると主張している((東寺百合文書へ函225号文書))。
*1:『豊臣秀吉文書集 一』25号文書、10頁
*2:室町幕府
*3:訴訟における原告の訴状
*4:久世庄、現在の京都市
*5:「神供」(ジンク)にあてる費用を捻出する土地。「〇〇料」は「〇〇」のための土地
*6:足利尊氏
*7:暦応2年10月27日足利尊氏御内書の趣旨
*8:光秀
*9:土地から上がる収入を得る権利を「〇〇職」のようにいい、それが[本家職・領家職ー地頭職ー名主職ー百姓職ー作職ー下作職]のように分化したのが日本中世社会。これらを一つにまとめて掌握している状態を「一職支配」という
*10:信長か足利義昭
*11:「仰せ付け」たのは上意
*12:「申され」たのは光秀
*13:公脱カ
*14:「放生会」を行う費用をあてる土地。放生会は鳥などを山野に放つ供仏教行事
*15:「沙汰」は年貢などを徴収するの意。「無沙汰」はそれを怠ること
*16:不脱カ
*17:荘園領主。「本家職」などを持つ者・寺社
*18:物脱カ
*19:カツテモッテ、まったく…ない
*20:中止。もとは仏教用語で「怠ける」。また逃亡することも「退転」と呼ぶ
*21:神事・仏事などで特別な役を受け持つ者
*22:勤
*23:「もったいない」は本来「ふとどきである」、「もってのほかである」の意
*24:光秀の「押領」を止めさせて下さるよう
*25:室町幕府
*26:「よろしく…すべし」
*27:室町幕府奉行衆
*28:同上