日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの古文書オタ、いえ歴史学徒として史料を読んでいきます

テレビ番組での史料提示についての疑問

 

最近の歴史番組は原文書を提示することが多く、一見実証性が重んじられているかのような印象を受ける。しかし、あるときは原文書、あるときは活字史料と、説明なく使い分けているとなんとなく落ち着かなくなる。

 

また、前後を映さず一部だけを拡大する場合も多く、その解釈が妥当なのか判然としない場合もあり、モヤモヤするばかりだ。スタジオでは目からうろこが落ちたと言わんばかりのはしゃぎようで、彼我の溝は広がる一方である。

 

まれに、文書の映像にサブタイトルで翻刻を添える場合、読み損ないもあるので注意が必要である。

 

 

またこういうこともあった。元禄関東地震を取り上げたニュースで、アナウンサーが「死者およそ1万人」と原稿を読み上げた画面に当時の記録が映された。そこにはこうあった。

 

・・・拾万人・・・

・・・壱万人・・・

 

画面を見れば、少なくとも11万人の犠牲者が出たと錯誤しそうになる。気になったので原典をネットで探し、アクセスできたので読んでみると、犠牲者は20万人以上との記載だった。もちろんこの記録が正確であるとは限らないし、他の史料とつきあわせる作業が不可欠であることは言うまでもない。

 

しかし、提示する以上「ここには20万人以上とありますが、検討の結果、犠牲者はほぼ1万人という結論に落ち着いています」と説明すべきではなかったのか、と思う。