日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

伊賀惣國一揆掟書案を読む その1

『中世法制史料集 第五巻 武家家法Ⅲ』106~107頁、山中文書

 

  惣國一揆掟之事

一、従他国当國へ入るニおゐてハ、惣國一味同心可被防之候事、

一、國之物云とりしきり候間,虎口より住(注)進仕二おゐてハ、里々(引用書では踊り字は二の字点)鐘を鳴時刻を不写在陣可有候、然ハ兵糧、矢、楯被持、一途之間、虎口不甘様二、陣を可被張候事、

 

   右掟、連判を以定所如件、

      霜月十六日

           (中略)

(補註)石田善人氏により惣国は伊賀、制定年代は,三好長慶が幕府の実権を握った天文廿一年以降、織田信長に逐われた六角承禎父子が近江甲賀に逃脱した前年の氷禄十年までの間とされる。また第十条「大和大将分牢人許容あるましく候事」の「大和大将」は宇陀郡の三人衆沢・秋山・芳野氏らであろうという(「甲賀郡中惣と伊賀惣国一揆」『史窓』21号)。353頁 

 

(書き下し文)

  惣國一揆掟の事

ひとつ、他国より当國へ入るにおいては、惣國一味同心これを防ぐらるべく候こと、

ひとつ、國の物云取り仕切り候あいだ,虎口より注進つかまつりにおいては、里々鐘を鳴らし、時刻を移さず、在陣あるべく候、しからば兵糧、矢、楯持たれ、一途のあいだ、虎口甘かざるように、陣を張らるべく候こと、

 

 

*物云:「物言い」言い合い、口論という意味から「國之物云」は「伊賀国に関する評議」という意味になると解釈した。

*虎口:砦などの入り口という意味から「国境」を指すと解釈した。

(大意)

 ひとつ、他国より当伊賀国へ侵略するものが現れた場合、国が一体となってこれを防ぐようにしなさい。

 

ひとつ、国の運営は協議によって取り決めるので、国境から報告があったならば、村々の鐘を鳴らし、時を移さず、在陣しなさい。そのとき、兵糧、矢、楯を持参し、ひたすら国境警備が甘くならないように陣を構えなさい。

 

 

 

二条目から、伊賀惣国一揆では合戦に臨むさい、兵糧、矢、楯など武装自弁の原則がとられていたことがわかる。通常は郷村で生活し、有事の際は鐘で知らせ、陣を構える決まりだったようだ。