日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの古文書オタ、いえ歴史学徒として史料を読んでいきます

2017年10月6日に報道された秀吉直筆の文書を読んでみる について少々弁明

昨日以下の記事を書いたが、「あり」ではなく「あか」と読み「英賀」を指すのではという話を小耳に挟んだので、弁明(=逃げ道を用意)したい。

 

japanesehistorybasedonarchives.hatenablog.com

 

仮名の「か」と「り」はよく似ていて、伊地知鐵男編『増補改訂仮名変体集』(1966年初版、新典社)でも「りはわ・か・れ・ると誤りやすい」とある(32頁)。

 

実際にこういったサイトもあるくらいだ。

#くずし字 変体仮名の「可」がいろんなものに似すぎている件 | 超・珍獣様のいろいろ

http://www.chinjuh.mydns.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/IMG_5079s.jpg

同サイトの画像から引用。

http://www.chinjuh.mydns.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/IMG_5079s.jpg

 

姫路市飾磨区に英賀という地名があるので、ここを本貫とする地侍の可能性もある。ただ確認はできなかった。

英賀 - Wikiwand

英賀合戦 - Wikiwand

英賀城 - Wikiwand

英賀城-兵庫県-〜城と古戦場〜

英賀神社 - Wikiwand

 

www.agajinja.jp

 

いずれにしろ秀吉の陪臣であり、そこまで支配が及ぶとなると、小出秀政との主従関係はわりと限定的だったといえる。陪臣の立場でいえば、主人が自身の扱いを等閑視すれば越訴、つまり段階を超えて秀吉に直接訴え出ることで待遇改善ができるということになる。越訴の代表例が時代劇で見る直訴であるが、これは身分制度を揺るがしかねないもので、現代でもあまり望ましいこととはされていない。そういう点でも興味深い史料である。

 

信長、家康にくらべて秀吉発給の文書はかなり多く、事実信長、家康の文書集は刊行されて久しいが、秀吉のものは全9巻のうち天正16年までの3巻しか出ていない。軍記物や講談、時代劇などでイメージが固まっている感があるが、一次史料の全貌はまだまだ把握できていない。今後も新発見はあり得るだろうし、逆にあったはずのものが散逸していることもある。現在デジタル化によって多くの情報が得られることは確かであるが、現物に触れないと得られないものもある。秀吉研究はまだ緒に就いたばかりである。