日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

天正20年8月14日島津義久・細川藤孝宛豊臣秀吉朱印状を読む

覚 一、島津義久并羽柴薩摩侍従*1蔵納*2分、近年沽却*3之田地 田畠、悉勘落*4可仕候、則如元可為蔵入*5事、 一、寺社領落*6之検地仕、当所務ゟ*7義久蔵入*8ニ可仕事、 一、島津家中諸代官*9算用之儀、可相改事、 右条々堅可申付候、若及異儀族有之者、可加成…

天正20年7月23日島津又一郎久保宛島津龍伯義久書状を読む

依遠国、渡海已後無音*1罷過候、誠非本意候、夜白*2被成辛労候事、従是旦夕*3察存計候、然者*4梅北慮外*5逆心を企候之故、某事*6モ於名護屋及折角*7候処、(闕字)太閤樣(闕字)上意忝候て、奇特*8ニ進退*9指遁候、此抔*10之儀ニ付、薩隅之置目可被改由、被…

天正20年9月10日安田弥市郎宛加藤重次書状を読む

梅北一揆について、これまで秀吉から発せられた文書を見てきたが、出陣中の加藤重次が佐敷城の留守を守っていた弟の安田(井上)弥市郎へ宛てた書状を見ておこう。 一揆之儀、無心元存候処ニ、従下又左*1書状来候、九月八日ニ拝見申候、仍佐敷城、梅北宮内左…

天正20年6月18日猥本留守居宛豊臣秀吉朱印状を読む

前回に続き梅北一揆関連の史料を読んでいく。 Fig.1 肥前国松浦郡名護屋周辺略図 『国史大辞典』より作成 佐敷一揆令蜂起之由就被聞召、浅野弾正*1・同左京大夫*2・伊藤長門守*3其外追々被遣候、然者兵糧并大豆*4之儀、弾正申次第可相渡候、其元留守之儀不可…

天正20年6月18日加藤清正・鍋島直茂宛豊臣秀吉朱印状写を読む

急度被仰遣候、今度島津家中之者、不出陣族相改被遣候処、其内梅北宮内左衛門尉*1と申者、遅渡海之儀令迷惑*2、佐敷*3辺企一揆之由、義久*4名護屋*5ニ相詰、則言上候、為御成敗、即刻御人数被差遣候、然者為留守居者梅北可刎首由、義久も申遣候、兵庫頭*6有…

宝暦10年8月和泉国大鳥郡中筋村連署起請文を読む 大仙陵分水一件

(牛王宝印貼紙)「左之書付之趣連判之者共違背之輩ハ血判之通可蒙神罰者(成脱カ)仍如件 熊野牛王 (割印)」一、大仙陵*1分水*2石片*3下リ*4致出来候故、当年舳松村*5者旱損 夥敷致出来候、依之分石平均致古法之通*6ニ相守申 度、当村惣百姓所存相堅メ候…

近世における安閑天皇陵の土地利用 慶応2年10月23日陵敷地買上絵図

Fig 安閑陵敷地買上絵図 『羽曳野市史』第5巻、口絵2 元治元年11月、河内国古市郡古市村庄屋2名、年寄3名、百姓代6名が信楽代官所へ「御陵鋪御買上直段書上帳」を提出している。上図はこれを可視化したものである。 安閑天皇陵(闕字)御陵之儀、今般御修補*…

近世における「仁徳天皇陵」の呼称

Fig.1 大正14年写「大仙陵絵図」(堺市立図書館地域資料デジタルアーカイブ) http://e-library.gprime.jp/lib_city_sakai/da/detail?tilcod=0000000013-S0010999 ③の左真ん中あたりに囲ってある部分がある。 裏書*1 大仙陵絵図 堺御番所*2之通南定右衛門*3…

「最近の江戸は正体不明の不審者が増えて治安が悪くなってきた」

元禄から享保頃にかけて活躍した儒学者がこのように述べている。荻生徂徠の「政談」だ。どこかで聞いたことのある話だが、江戸の人口増加、範囲の拡大は幕藩体制を揺るがすものであり、早期に対策を講じる必要があるとの指摘は、ある意味新鮮に聞こえる。早…

慶長10年8月10日殿中法度八ヶ条を読む 武家の品格

関ヶ原の合戦から5年後の慶長10年、以下のような条目が発せられた。差出人、充所ともに記載されていないが、当時江戸城に出入りする者たちの風俗がうかがえておもしろい。 条々①一、於殿中*1、形儀*2以下、慮外*3之体於有之者、見合*4次第其人*5江相断*6、可…

天正20年1月吉川広家宛豊臣秀次朱印状を読む その3/止

一、御陣へ召連候百姓之田畠事、為其郷中作毛仕可遣 之*1、若至荒置者、其郷中被成御成敗旨*2事、付、 為郷中作毛不成仕合於有之者、兼而*3奉行へ可相理事、一、御陣へめしつれ*4候若党*5小者*6ニ取替*7之事、去年之配当*8 半分*9之通、かし*10可遣之、此旨…

天正20年1月吉川広家宛豊臣秀次朱印状を読む その2

一、人足*1飯米事、惣別*2雖為御掟*3、尚以給人*4其念を入可下行*5事、一、遠国より御供仕輩*6ハ、軍役それ/\に御ゆるしなされ候間、来十月にハかはり*7の儀、可被仰付候間、上下共ニ可成其意事、 (書き下し文) ひとつ、人足飯米のこと、惣別御掟たると…

天正20年1月吉川広家宛豊臣秀次朱印状を読む その1

条々 一、唐入に付而、御在陣中、侍、中間、小者、あらし 子、人夫以下に至迄、かけ落仕輩於有之者、其 身の事者不及申、一類并相拘置在所、可被加御成 敗、但雖為類親、告しらする*1にをいては、其も の一人可被成御赦免、 縦使として罷帰候とも、其主人*2…

元号の難陳は、「和音」で行うべしという主張

天明改元の始に、或人眉を顰て、諺に天命*1に盛ると云事有り*2、此年号の間に、何ぞ盛る*3大事*4有らんと囁しが、果して千とせ*5経る繁栄の平安城*6、まさに尽て*7新都となんぬ*8、往し*9①明和改元の折からも、八年迄の間は、異なる事も有まじ、明和九に至ら…

天正18年6月12日石田三成宛豊臣秀吉朱印状を読む

忍之城*1儀、可被加御成敗旨、堅雖被仰付候、命迄儀被成御助候様与、達而色々歎*2申由候、水責ニ被仰付候者、城内者共定一万計も可有之候歟、然者憐*3郷可成荒所候間相助、城内小田原*4ニ相籠者共足弱*5以下者端城*6へ片付、何茂*7請取候、岩付之城*8同前ニ…

昭和17年7月5日徳富蘇峰宛金栗四三書翰をちょっと読む

(封筒オモテ) 「大森区山王一ノ二,八三九 徳富猪一郎*1様 」 (封筒ウラ) 「豊島区高田本町 ?ノ一,五二〇 金栗四三」 (前半部分見えず) 誠に御無理なる御願ひには候へ共五月三十一日三等堂*2*3に於て先生*4の御講話要旨簡単御記しの上御送附賜り候はゞ…

天正18年7月10日黒田長政宛豊臣秀吉朱印状を読む

「軍師官兵衛」40話の「官兵衛紀行」にて黒田長政宛の朱印状が紹介された。 Fig.1 これを以下のように説明している。 Fig.2 (ナレーション) 秀吉が長政に送った①手紙には、②官兵衛の働きで勝利したことが書かれています では読んでみよう。 (切紙 檀紙 縦…

元和3年1月藤堂高虎御家中御条目を読む(部分) 百姓逃散の「防止」

一、知行*1之物成*2、百姓遣*3、奉行共*4如書付*5可仕、若背法度*6百姓はしら せ*7候は、知行を取上、物成にて可相渡*8之間、其時述懐*9に存間敷事、 付山公事*10百姓出入*11有之候ハゝ、奉行共次第ニ*12可仕候、 其*13給人*14指出間敷事、 (書き下し文) …

岡村道雄『日本の歴史 第01巻 縄文の生活誌』(講談社、2000年第1刷)

この書籍には「読者の皆様へ」と題されたパンフレットがはさまれている。20世紀最後の年、この通史刊行中に、旧石器遺跡捏造事件が露見した。この書の多くがその捏造された「遺物」「遺構」「遺跡」に負っているため、記述の信憑性が根底から覆ることも当然…

この2月から商標登録できなくなる言葉=過去の元号

この2月からすべての元号を含む言葉を、新たに商標登録できなくなる。 www.jpo.go.jp 次のような例がその典型となると考えられる。 養老の滝、文明堂、元禄寿司、文禄堂、大同生命・・・ こうした名称での商標登録は2月以降できなくなるらしい。 ほかにも 永…

改元月日を認識することのむずかしさ

上の写真は大河ドラマのひとこまであるが、初歩的な誤りを犯していることにお気づきだろうか。 書状に年代を記すことはないし、まして文頭に書くなど礼儀知らずもはなはだしい、という点には目をつぶるとしても、致命的な過ちが見られる。それはこの手紙を書…

明治元年9月8日太政官布告第726号(改元詔書)を読む

明治元年9月8日「改元詔書」と呼ばれる太政官布告が出された。興味深いのは、慶応4年の元日に遡って明治元年とする点である。これは明治に限って行われ、大正、昭和、平成では行われなかった。 Fig.1 法令全書. 慶応3年 - 国立国会図書館デジタルコレクショ…

元和3年1月藤堂高虎御家中御条目を読む(部分) 軍役負担への喚起

前々回、前回に続き藤堂高虎の発した家中条目を読む。 japanesehistorybasedonarchives.hatenablog.com 一、知行に応し馬武具可相嗜*1事、 (書き下し文) ひとつ、知行に応じ、馬・武具あい嗜むべきこと、 (大意) ひとつ、知行高に応じて、馬具や武具を準…

元和3年1月藤堂高虎条目を読む(部分) 人身売買の禁止

人身売買の禁止は古くから見られる。試みに東京大学史料編纂所「大日本史料総合データベース」で「人身売買」を検索すると以下の結果が得られる。 Table.1 No 和暦年月日 綱文 区分 編 冊 頁 1 延応1年4月14日 幕府、家人の官位競望、惣地頭の領内名主職…

元和3年1月藤堂高虎条目を読む(部分) 男色の禁止

一、そはに召遣、大小姓*1、小々姓*2共ニ、衆道*3之心*4於在之者、妻子共成敗可仕事、 『大日本史料』12編、25巻、509頁 https://clioimg.hi.u-tokyo.ac.jp/viewer/view/idata/850/8500/02/1226/0509?m=all&s=0508&n=20 (書き下し文) ひとつ、そばに召し使…

新発見の顕如書状2通を読む??? 「天下静謐この時に候」

www3.nhk.or.jp Fig.1 2通の文書 Fig.2 上の文書 近日至大坂被寄駕籠之候珎重存候仍左少之式*1雖憚多候越布卅端進入之候真向之儀迄候猶下間刑部卿法眼*2可得貴意候恐〻謹言 五月廿八日*3 (差出人欠) 羽柴筑前守殿 (書き下し文) 近日大坂にいたり、駕籠こ…

寛永3年12月17日藤堂高虎宛小堀正一書状を読む(部分)???

先日以下のニュースが流れた。 www3.nhk.or.jp この説明では、文書の肝心な部分をカメラが避けたため、どのような記述から「大坂幕府」という結論にいたったのか検証不可能で、イライラばかりが募る。 また、アングルが正面からでないため読みにくいことこの…

年未詳11月10日川辺掃部介宛明智秀満書状をちょっと読む???

shirobito.jp 上記の記事に紹介されている明智秀満書状を読めるところだけ読んでみた。 (軸装のため形態未詳) 態申越候坂本広間のふすましやうし同引手并くきかくし何も不可申くたき由申越候間??早〻遣(継目)計諸事無油断可申付候少も疎略ニ候段有間敷…

文明12年2月11日日野富子宛後土御門天皇自筆書状をちょっと読んでみる

まもなく*1閉幕する「日本の中世文書」展のうち、数行だけ読めたと錯覚した女房奉書を、図録『日本の中世文書』267頁の釈文を頼りにちょっと読んでみた。 なおこうした散らし書きは過去のものでない。偶然見た通信高校講座の書道でも扱っていた*2。 出典:国…

慶長3年3月14日発智新左衛門尉宛隼人人身質入借米状を読む 追記

以前読んだ人身借米状に見える「隼人」について、佐藤前掲書279頁、註4にしたがい「下級武士か」としたが、武士にしては名字もなければ花押もなんだか稚拙に見える。もう少し考えてみたい。 japanesehistorybasedonarchives.hatenablog.com 慶長3年1月10日、…