日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

天正10年4月日知行所仕置定写

定 ①一、家中*1におゐて奉公人不寄上下、いとま不出に*2、かなたこなた*3へ罷出輩在之ハ、可加成敗条可申上事、付遣女*4同前事、 ②一、知行遣候已前之*5領中つきの*6若党*7・小者*8いつかた*9に奉公仕候共、当給人*10違乱有間敷候、但田地事ハ給人次第可取上…

天正10年4月24日某宛羽柴秀吉書状

宗安*1相越候間、令啓候、我等事、備中之内へ令乱入、かわやか上城*2・すくもつか*3両城取巻、一人も不洩様ニ堀屏柵以下堅申付、従四方しより*4相責*5候、急度可為落去候、小早川*6従当陣取五十町西、幸山*7ニ居陣之由候、此方之者共、毎日幸山之山下迄相越…

天正9年11月4日宮部継潤宛羽柴秀吉国之掟覚

国之掟覚 一、鬼か城*1木下平大夫*2物主*3ニ相定候、然者八東郡自分*4ニ遣之、知頭郡*5を磯部*6与八木*7両人ニ半分ちわり*8、鬮取ニいたさるへく候、右両人を平大夫ニ相付候間*9、其方先備*10ニ被相定、弟子同前ニ可有覚悟*11事、 一、垣屋平右衛門尉*12ニ巨…

天正9年9月前野将右衛門外宛羽柴秀吉書状

尚以*1さしあたる*2用無*3候、毎日其方之儀、可被申越候、自此方も可申 遣候、昨日従此方飛札遣候つるかり田、一ヶツヽニねんを入、新十郎*4請取*5と られもちて可被帰候、 御状令披見候、誠長々普請*6くたひれたるへく候条、其元へ差遣事、一入*7笑止*8ニ候…

天正8年8月6日正直屋安右衛門尉宛羽柴秀吉判物

於明石郡*1借々*2付分之事、遂元利算用可召置*3候、其方儀者別而従前辺懸目候間*4、向後徳政判形*5遣候共、令免除上者*6、無異儀可召置候、質物*7同前也、 天正八 藤吉郎 八月六日 秀吉(花押) 正直屋安右衛門尉 「一、258号、84頁」 (書き下し文) 明石郡…

続 天正8年4月26日網干惣中宛羽柴秀吉判物

前回読んだ判物について、曖昧に誤魔化した「上使銭」について調べてみた。 猶々急度可遣上使*1候へ共、上使銭以下造作*2之条、立佐*3差遣候、若於由 断者、自是*4可申付候、以上、 英賀*5にけのき*6候もの共、預ヶ物*7可在之条、悉以可運上*8候、自然於相隠…

天正8年4月26日網干惣中宛羽柴秀吉判物

猶々急度可遣上使*1候へ共、上使銭以下造作*2之条、立佐*3差遣候、若於由 断者、自是*4可申付候、以上、 英賀*5にけのき*6候もの共、預ヶ物*7可在之条、悉以可運上*8候、自然於相隠置者、後々聞付次第可成敗者也、 藤吉郎 卯月廿六日*9 秀吉(花押) 網干*10…

天正8年1月15日村上源太宛羽柴秀吉書状

尚〻当所*1寺社領*2之儀、急度可被相澄*3候、由断不可[ ](然候カ) 次②当手*4之衆、其許*5相懸、剪銭*6候由候、如何様*7之仁躰*8候哉、可承 候、以上、態申候、旧冬*9生熊佐*10差越候処、被成御馳走*11由本望*12候、然者①其許百姓等所務*13等之□不沙汰*14…

天正8~9年羽柴秀吉の中国攻めと郷村

今回は少々飛ばして、中国攻めにおける秀吉の郷村への対応を見ておきたい。 <史料1> 某宛羽柴秀吉書状 尚以[ ]儀、丈夫ニ可被相卜*1候、此口之事ハ[ ] 今度一揆蜂起候在々*2悉以令成敗候、放火候□、此方城*3之儀ハ 来年出馬迄無異儀様ニ丈夫*4・兵粮以…

天正8年1月20日沼元新右衛門尉宛宇喜多直家書状 三木城攻めの諸相 その3/止

(折紙・・・切封カ) 対宇*1一御折紙披見申候、今度於篠葺*2各御調之分、普請注文岡権*3指越候、被抽余人、一角*4被仰付と見へ申候、御入魂*5祝着之至候、打続城山之普請、是又大分御調之段、快然*6之至誠難尽紙上候、弓矢之詮*7此時と存候条、被入御精之段…

続 元和9年2月14日下関村五左衛門・惣百姓中宛前田利常黒印状

先日読んだ年貢割付についてまた別の報道があった。 www.chunichi.co.jp 元和9年2月14日前田利常黒印状(飯田家文書) mainichi.jp まだいくつか論点が残されているので考察してみたい。 当村内高岡明*1屋敷方免*2相定事 一、百弐拾四石四斗六升六合者 先高*…

元和9年2月14日下関村五左衛門・惣百姓中宛前田利常黒印状

先日流れてきた報道に違和感を覚えたので、文書を読んでみたい。 www3.nhk.or.jp 翻刻は以下の写真を利用した。 mainichi.jp 当村内高岡明*1屋敷方免*2相定事 一、百弐拾四石四斗六升六合者 先高*3 此内 弐拾弐石九斗四升九合者 高岡旅屋〻敷泉水馬場植木畠…

天正7年12月10日浄土寺和泉宛羽柴秀吉書状

浄土寺百姓之内、令逃散、別而荒地共在之由候、散*1候百姓共、早々召返、耕作可申付候、下々不謂儀*2不可有之候、恐々謹言、 天正七 藤吉郎 十二月十日 秀吉(花押) 浄土寺*3 和泉殿 「一、209号、69頁」 (書き下し文) 浄土寺百姓のうち、逃散せしめ、べ…

播磨国印南郡升田村の水害 「災害地名」? 

加古川は兵庫県一の大河で、戦後ほぼ10年おきに水害が発生し、21世紀に入っても大きな被害をもたらしている*1。今回は下流域、播磨国印南郡升田村に伝わる水害の伝承を見ることにする。加古川流域は旱損にたびたび見舞われるため溜め池が多い。その一方で大…

明暦2年12月晦日粟生村百姓連判年貢・諸役算用に付一札

播磨国加東郡粟生村で17世紀に起こった村方騒動。最近の話と好対照をなす文言が見られるので、17世紀の百姓の意識を見てみたい。 上ル一札之事 一、雖毎年如此被仰付候と、弥被入御念候、御公儀様御割符*1方之御年貢帳*2、藁銀・小物成銀*3、其外有之候割符…

三木城攻めの諸相 その2

三木城攻めの結末は以下のように語られることが多い。 『群書類従』14 「別所長治記」 上記天正8年1月15日付の浅野長政宛別所長治書状は、同工異曲も含め様々な軍記類に写されているものの浅野家文書として伝わっていない。また、「なんぞ臍(ほぞ)を嚙むや…

三木城攻めの諸相 その1

天正7年から翌年にかけて秀吉は戦後処理の一環として、在地宛に還住や年貢諸役の免除を命じている。そこでその前提として今回と次回、三木城攻めのあらましを見ておく。 天正7年10月28日付小寺休夢斎*1宛秀吉自筆書状には「ほしころしか、又ハせめころし申す…

補足 天正7年6月28日淡川市庭宛羽柴秀吉掟条々

前回読んだ「掟条々」について、補足しておきたい。 japanesehistorybasedonarchives.hatenablog.com 一、当市毎月五日、十日、十五日、廿日、廿五日、晦日之事、 一、らくいちたる上ハ、しやうはい座やくあるへからさる事、 第1条は、市の開催日を毎月定め…

天正7年6月28日淡川市庭宛羽柴秀吉掟条々

. 掟条々 淡川*1市庭*2 一、当市毎月五日、十日、十五日、廿日、廿五日、晦日之事、 一、らくいち*3たる上ハ、しやうはい*4座やく*5あるへからさる事、 一、くにしち*6ところしち*7[ ]之事、 一、けんくハ*8こうろん*9りひせんさく*10□(に)を□□(よハ)…

承応2年12月26日池田村三郎兵衛宛長田村新兵衛外永代売渡申女房之事

今井林太郎・八木哲浩『封建社会の農村構造』(有斐閣、1955年)収載史料に興味深いものを見つけたので読んでみたい(165頁)。 永代*1売渡申女房之事 与五郎女房 名はかくと申也、年は三十五歳也*2 並 むすめ 名はたねと申也、年は七歳也 右件の女は長田村…

天正7年6月27日亀井茲矩宛羽柴秀吉書状

尚以先日者何ニても見*1やけ可遣候処、いとまこいなく*2被帰候、如何之事候哉、 返〻郡はつれ*3の事、能〻あらためて、其方へおさめ可置之候、以上、 先度者為見舞上国*4苦労之至、令祝着候、仍其元郡はつれの知行之事、代官職申付候条、其方可有納所候、猶…

続天正6年9月23日伊藤吉次宛羽柴秀吉自筆切手

原文の写真が掲載されている『豊大閤真蹟集』から引用しておく。なお同書では「かゝ」を加賀=「かが」という者に渡すよう命じたと解説し、この「かが」を秀吉の奥向に仕える婦人であろうとする(同書「解説」30頁)。「かゝ」が「嬶」を意味するのか、同書…

天正6年9月23日伊藤与左衛門吉次宛羽柴秀吉自筆切手

拾弐石、かゝ*1かたへきやう*2のます*3にてわたしあるへく候、以上、 天正六年九月廿三日 秀吉(花押) い藤よ左*4 「一、177号、59頁」 (書き下し文) 十二石、嚊/嬶方へ京の升にて渡しあるべく候、以上、 (大意) 妻に京枡で十二石渡して下さい。以上。…

天正6年3月25日播磨国戸田宛羽柴秀吉禁制

禁制 戸田*1 一、軍勢甲乙人*2乱妨狼籍*3事、 一、伐採山林竹木事、付放火事、 一、田畠苅取事、 右条々堅令停止訖、若於令違背輩者速可処罪科者也、仍如件、 天正六年三月廿五日 筑前守(花押) (書き下し文) 禁制 戸田 ひとつ、軍勢、甲乙人乱妨狼藉のこ…

天正6年3月15日中島吉衞門尉外宛羽柴秀吉知行宛行状

於作州*1知行分之事 一、高野郷*2 参百貫文 一、林田*3広野*4地頭領家 合三百貫文 一、南方 弐百貫文 一、田中 百五拾貫文 一、新野 弐百貫文 右都合千百五拾貫文、為本地*5之上者、不可有相違候、但先判*6相除之、全可有知行候、弥可被抽忠節候事肝要也、仍…

天正5年4月10日伊部郷百姓中宛羽柴秀吉判物

伊部*1方之内城山*2之事とらせ候、牛馬持*3にて別而耕作等可仕者也、 天正五 卯月十日 秀吉(花押) 伊部郷 百姓中 「一、136号、46頁」 (書き下し文) 伊部方のうち城山のこと取らせ候、牛馬持ちにて別して耕作などつかまつるべきものなり、 (大意) 近江…

「年号」と「元号」

今日では、年号と元号は同義語として特に意識されることなく使われる。法律では1979年に制定された「元号法」がある。しかし、実は「元号」という呼び方は明治以前には見られない。慶応4年が明治元年に改元されたさいも「年号が改まるそうだ」という記録はあ…

「フリーライド」を「薩摩守」、「バブル」を「泡沫」と日本語に言い換える

現在では考えられないが、かつて乗車駅から降車駅まで全額無賃で乗車することを「薩摩守」と呼び、乗車駅と降車駅付近の料金のみを支払う不正乗車を「キセル」といった。 前者は平忠度(たいらのただのり)が薩摩守に任官していたことに、後者は吸い口とタバ…

天正2年10月22日こほ[ ]宛羽柴秀吉書状

かへす/\それさま*1御ことわり*2にて候まゝ、まち*3の事ゆるし*4申候、 よく/\此ことわり*5御申きかせ候へく候、以上、 まちのねんく申つけ候ニつゐて、文くわしくはいけん申まいらせ候、 一、まち人の事、われ/\ふびんかり候て、よろつようしゃせしめ…

旧国郡と道府県 「麒麟がくる」のための地理的予備知識

2020年の大河ドラマで明智光秀が主人公と決まってから、光秀ゆかりの地がにわかに脚光を浴びるようになった。特に後半生丹波国が舞台となることから国郡と道府県*1の関係に注意が必要となる。丹波国は京都府と兵庫県に分割されているので、現行の行政区分で…