日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

旧国郡と道府県 「麒麟がくる」のための地理的予備知識

2020年の大河ドラマで明智光秀が主人公と決まってから、光秀ゆかりの地がにわかに脚光を浴びるようになった。特に後半生丹波国が舞台となることから国郡と道府県*1の関係に注意が必要となる。丹波国は京都府と兵庫県に分割されているので、現行の行政区分で…

天正10年3月26日羽柴秀長宛羽柴秀吉判物「掟」

秀吉発給の文書がまた発見された。「豊臣秀吉文書集 一」は天正11年までを範囲とするが掲載されていない未発見の、しかも原本である。原本は写と異なり書き写す段階での誤写*1がない上、料紙は何が使われているかなども検討できる点で、史料としてもっとも精…

天正2年6月6日平方名主百性中宛羽柴秀吉判物

当郷家並*1ニ、明後日八日ニ、今はま*2ふしん*3ニ、すき*4・くわ*5并もつこう*6持候て、諸奉公人出家商人たりといふ共、一人も不残可罷出候、若於油断*7者、急与可申付者也、 藤吉郎 六月六日*8 秀吉(花押) 平方 名主百性中 「一、88号、30頁」 (書き下し…

天正2年3月26日三田村郷名主百姓中宛羽柴秀吉判物

野村*1与三田村郷*2井*3水之申事*4、双方証文無之候条、急度不申付候、両郷之内何々一方、可為非分之申候間、後々聞届候共、則可令成敗候、然者従当作干水*5之刻者、三田村江三日、野村へ一日、追日番水*6ニ可被申付候、右旨於相背者可為曲事之状如件、 天正…

天正2年3月22日羽柴秀吉在所掟之事写

在所掟之事 一、当所不寄誰々身上*1、雖為地下人之内、出家侍百姓、曲事於申族在之者、惣在所衆押よせ、可及生害候、但親子兄弟なりとも、贔屓偏頗*2仕間敷事、 一、とう人*3の事、其仁*4生害不及申候、並くせ物*5宥*6仕候ハヾ、とう人可為同前事、 一、惣在…

天正2年3月19日在々所々宛羽柴藤吉郎定写

(端裏書) 「長浜御入之時の触状」*1 定 一、在々所々作職*2之事、去年作毛之年貢納所候ともから、可相抱*3事、 一、あれふ*4の土地、当年ひらき*5候百姓、末代可相抱事、 一、最前上使*6出し候時、さし出しの上、ふみ*7かくし候といふ共、只今罷出、有様申…

天正元年8月11日古橋郷名主百姓中宛羽柴秀吉判物

各、早々令還住*1尤候、下々猥之族*2一切令停止候也、 羽柴藤吉郎 八月十一日*3 秀吉(花押) ふるはし郷*4 名主百姓中 「一、60号、22頁」 (書き下し文) おのおの、早々還住せしめもっともに候、下々みだりのやから一切停止せしめ候なり、 (大意) 古橋郷…

元亀2年11月25日賀茂郷銭主方并惣中宛木下秀吉書状写

態以折紙令申候、仍賀茂郷*1徳政免除之儀付而、去年(闕字)御下知朱印*2被遣候処、一揆中恣申掠候哉、重而今度(闕字)御下知被遣之由候、如何之儀候哉、我等朱印申次候間、断而*3御理*4可申上覚悟*5候、一揆等令在岐阜、種々雖申上候、信長無許容候、右之…

夏の読書感想文(下)中野等『太閤検地』(中公新書、2019年)の歴史的意義

はじめに 本書が2019年水準での太閤検地論であることは、第一章「天正八年播磨・但馬検地」(19頁)に3月に報道された、未発見の秀吉家臣の名前が記された検地帳の考察から明らかである。 www.kobe-np.co.jp 「おわりに」によれば、2018年に刊行する予定だっ…

夏の読書感想文(上) 中野等『太閤検地』(中公新書、2019年)の歴史的前提

中野等『太閤検地』(中公新書、2019年)が安良城盛昭の太閤検地論を意識していることは、本文からはもちろん、安良城が根拠とした史料をひとつひとつ解釈しなおしている点、そして終章のタイトル「太閤検地の歴史的意義」から明らかである。 安良城に限らず…

元亀2年7月20日山城大住庄名主御百姓中宛木下秀吉・武井夕庵連署状

当ブログでは、当面特に断らない限り「豊臣秀吉文書集」(吉川弘文館、既刊第1~5巻)を読んでいくので、以下巻数、文書番号、所収頁を「一、42号、15~16頁」のように略記することにする。 今回読む文書は、以前読んだ曇華院領大住庄についてのものである。…

元亀2年6月13日山城国幡枝外郷中宛木下秀吉書状

加茂*1与市原*2申詰*3山之儀、市原野従往古当知行*4候処、今又自加茂申懸*5之由、一円*6無分別*7候、御奉行中*8ゟ隣郷へ御尋ニ付而ハ、様躰□用□可申候、少も於相紛*9者、我等来月可罷上*10候間、申上候而、急与成敗可申付候、為其如此候、恐々謹言、 木下藤…

元亀元年12月27日蜂須賀彦右衛門宛木下秀吉自筆書状

返々すくなく□□候へ共、まつ/\わたし候へく候、りやう*1中 お*2出し候へ共、一き*3おこり候間、物なり候間、其御心へ候 へく候、いそき候て、たんせん*4の事、さいそく*5かたくさせ候 へく候、此ほか不申候、 こめ十ひやう、ひくち*6ニ其方よりのたんせん…

元亀元年11月20日相楽庄蔵方中宛木下秀吉書状

今度徳政*1之儀ニ付て、当庄*2之事守護不入*3之段申上、為御本所*4被仰付候処ニ、今更*5不能承引由候、近比*6不相届*7儀共候、所詮*8於背御本所者、堅可有御成敗候、光浄院*9折紙を相調進之候、謹言、 木下藤吉郎 十一月廿日*10 秀吉(花押) 相楽庄 蔵方*11…

元亀元年8月19日東寺領上久世庄名衆百性中宛木下秀吉書状写

就東寺領之儀、先度信長被出朱印*1候之間、彼寺へ可納所由、則折紙進之処、寄事双*2于今無沙汰*3由不可然候、年貢諸成物等如有来候*4可寺納候、若於難渋者可令譴責候、為其折紙進候、恐々謹言、 元亀元 木下藤吉郎 八月十九日 秀吉 東寺領上久世 名衆百性中 …

永禄13年3月28日大住庄名主御百姓同小作中宛武井夕庵・木下秀吉連署状

当所之事、今度被遂御糺明候処、曇華院殿様*1御理運*2ニ付て、諸入組*3共ニ一円*4ニ(闕字)御寺様へ可被仰付之由、無是非*5候、一切許容あるへからす候、若何かと候者、交名*6を書付、注進可申候、きと*7可申届候、為其意得申候*8、恐々謹言、 夕庵*9 三月…

永禄13年3月22日大住庄三ヶ村名主御百性中宛明智光秀外3名連署状を読む

曇花院*1殿*2樣御領大住庄*3三ヶ村、同南東跡職*4等之儀、今度一色式部少輔*5殿御違乱ニ付而、双方躰*6御糺明之処、(闕字)御寺様*7より御理*8之段無紛候間、御朱印*9被進之候、一円ニ可被仰付之由候上者*10では、入組*11買得方、其外南東家来等ニ至る迄、…

永禄12年11月晦日当所名主百姓中宛木下秀吉書状を読む

西五反田*1代官職事、安威兵部少輔*2方被帯補任*3、当知行以筋目、今度重而被成御下知候処ニ、理不尽ニ為本所*4御納所之由候、不可然候、如前々安兵代*5ニ可令納所候、万一於無沙汰者、可譴責候、為案内*6如此候、恐々謹言、 木下藤吉郎 十一月晦日*7 秀吉(…

永禄12年4月16日丹波国名主百姓中宛木下藤吉郎外3名連署状写を読む

<史料1> 当所*1之事、近年雖令宇津*2押領、今度被遂御糺明*3、永禄六年之誓紙・同七月廿三日任条数之旨*4、如前々対内藤藤五郎*5一途*6被(闕字)仰付*7、被成御朱印年貢諸公事物等、郷代*8江可致其沙汰之由、被仰出候也、仍状如件、 永禄拾弐 卯月十六日 …

天正8年2月3日羽柴藤吉郎百姓仕置条々(木札)を読む

この制札は天正8年1月17日に播磨国三木城を攻略した直後に発給されたもので、しばしば話題にのぼる史料である。 (木札) 条々 一、さい/\*1百姓早けんさん*2すへき事、 一、あれ地ねんく*3、当年三分二ゆうめん*4、三分一めしおく*5へき事、 一、さくもう…

文禄2年閏9月晦日島津義弘宛安宅秀安書状を読む その3/止

一、琉渡*1之事、其外条〻被仰越候、万事御家続之儀も、又八郎殿御事相究、随其候て、いか様共可申上由候、時儀*2可御心安候、 一、此表何篇替事無之候、此便急以外急*3候間、自是追〻可申入候、本源右・休意、又八郎様御上京迄此方ニ留置、爰元之御仕合*4、…

文禄2年閏9月晦日島津義弘宛安宅秀安書状を読む その2

一、治部少*1罷上刻、なこや*2ゟ薩摩へ以書状、又八郎様*3御供候て幸侃*4早〻可被罷上由、義久様并幸侃へ申越候間、定近日又八郎様可有御上洛候条、御上京次第、又一郎殿御跡目、又八郎様へ被仰付候様ニと、いかやう共/\精を入、御取合*5可申由被申候、別…

文禄2年閏9月晦日島津義弘宛安宅秀安書状を読む その1

(切封ウハ書) 「 安宅三郎兵 義弘様 秀安 参*1貴報*2 」 (切紙) 猶以、本田源右・休意ゟ具可被申入候、以上、 七月廿二日之御札、本田源右*3当月朔日之御状、休意*4同事ニ、去廿七日、於京都参著*5、両人口上并御一書、具ニ承届候、則拙者在京仕候条、委…

文禄2年8月21日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その3/止

一、とニかくニ/\、能〻思案仕候へハ、此(闕字)御朱印之旨ニ被任、重而(闕字)御朱印被申請*1、右之寄破勘落分之知行、悉当所務*2被相押御取被成候*3御調*4、専一候、今度於其地*5治部少*6ニ其段不被仰候由、被任(闕字)此御朱印旨*7、急度/\御使者…

文禄2年8月21日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その2

一、右御朱印を被相背、知行配分候儀*1、恣*2之仕立、不可然候事、 一、国中百姓・出家・侍衆ニ銀子被相懸*3、御取候事、一段不可然候事、 一、朝鮮へ出陣も不仕、或懸落*4仕、或者何之御用ニも不立もの*5ニ新知*6被遣候事、 一、恣勘落*7可仕旨、被成(闕字…

文禄2年8月21日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その1

前回までの書状を発した5日後、島津義弘・久保父子宛に安宅秀安はふたたび書き送っている。 猶以、此状御父子様御一所ニよく/\御一覧候て、 則火中可被成候、無其儀候へは、如此之儀、以来も 難申入候、以上、 態申上候、拙者乗舩渡唐之刻、以書状具申入候…

文禄2年8月16日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その6/止

一、幽斎*1下向候て、弃破勘落并ニ惣知行ニよき知行を被替取候事*2、悉跡書*3貴所御父子*4、治部少輔*5ニも可被見せ置由、先度我等中上*6仕候時、於名護屋*7ニ義久役人衆*8ニ堅申候*9処ニ、彼跡書于今不被取寄候、其上諸県之知行配当ハ、伊勢弥八*10具ニ被存…

文禄2年8月16日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その5

一、大隅・諸県*1之分ハ、最前丸目方*2ニ給*3候、如御状*4、弃破勘落*5之分、悉御蔵入*6ニ可被召置通、丸目時之御状之通急御国へ被仰遣可然候、先度者御遠慮候様ニ*7と申入候へ共、其段ハ我等分別ちかひ*8にて候、たとい薩隅諸県悉弃破勘落分可召取通、治部…

文禄2年8月16日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その4

一、治部少輔上洛仕候て、廿日経、跡ゟ*1御使者一人京都ニ被差上可然候、義久御隠居之儀、言上之上にて被仰出趣、彼御使者ニ可申下*2候、 一、義久、名護屋*3ゟ直ニ可有御上洛分*4ニ候、然時者、義久御隠居ニ付、(闕字)公儀被(闕字)仰出趣可有之候条、此…

文禄2年8月16日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その3

一、薩隅諸県当所務、御取ぬかし*1候ハゝ、又一郎様*2御家得*3を御請取候ても、京都御屋形作罷成ましく候、勿論久保御在京ニ物入可申候、其上義久御隠居分ニも、御知行可被遣候、自然*4何れ*5へ御行候共、又ハ朝鮮御陣被引取次第、大仏*6并ニふし見*7之御普…