日本中近世史史料講読で可をとろう

ただし、当ブログは高等教育課程における日本史史料講読の単位修得を保証するものではありません

日本中近世史料を中心に濫読・少読・粗読し、各史料にはできるだけ古文書学に倣い表題をつけ
史料講読で「可」を目指す初学者レベルの歴史学徒として史料を読んでいきます

元亀2年7月20日山城大住庄名主御百姓中宛木下秀吉・武井夕庵連署状

当ブログでは、当面特に断らない限り「豊臣秀吉文書集」(吉川弘文館、既刊第1~5巻)を読んでいくので、以下巻数、文書番号、所収頁を「一、42号、15~16頁」のように略記することにする。 今回読む文書は、以前読んだ曇華院領大住庄についてのものである。…

元亀2年6月13日山城国幡枝外郷中宛木下秀吉書状

加茂*1与市原*2申詰*3山之儀、市原野従往古当知行*4候処、今又自加茂申懸*5之由、一円*6無分別*7候、御奉行中*8ゟ隣郷へ御尋ニ付而ハ、様躰□用□可申候、少も於相紛*9者、我等来月可罷上*10候間、申上候而、急与成敗可申付候、為其如此候、恐々謹言、 木下藤…

元亀元年12月27日蜂須賀彦右衛門宛木下秀吉自筆書状

返々すくなく□□候へ共、まつ/\わたし候へく候、りやう*1中 お*2出し候へ共、一き*3おこり候間、物なり候間、其御心へ候 へく候、いそき候て、たんせん*4の事、さいそく*5かたくさせ候 へく候、此ほか不申候、 こめ十ひやう、ひくち*6ニ其方よりのたんせん…

元亀元年11月20日相楽庄蔵方中宛木下秀吉書状

今度徳政*1之儀ニ付て、当庄*2之事守護不入*3之段申上、為御本所*4被仰付候処ニ、今更*5不能承引由候、近比*6不相届*7儀共候、所詮*8於背御本所者、堅可有御成敗候、光浄院*9折紙を相調進之候、謹言、 木下藤吉郎 十一月廿日*10 秀吉(花押) 相楽庄 蔵方*11…

元亀元年8月19日東寺領上久世庄名衆百性中宛木下秀吉書状写

就東寺領之儀、先度信長被出朱印*1候之間、彼寺へ可納所由、則折紙進之処、寄事双*2于今無沙汰*3由不可然候、年貢諸成物等如有来候*4可寺納候、若於難渋者可令譴責候、為其折紙進候、恐々謹言、 元亀元 木下藤吉郎 八月十九日 秀吉 東寺領上久世 名衆百性中 …

永禄13年3月28日大住庄名主御百姓同小作中宛武井夕庵・木下秀吉連署状

当所之事、今度被遂御糺明候処、曇華院殿様*1御理運*2ニ付て、諸入組*3共ニ一円*4ニ(闕字)御寺様へ可被仰付之由、無是非*5候、一切許容あるへからす候、若何かと候者、交名*6を書付、注進可申候、きと*7可申届候、為其意得申候*8、恐々謹言、 夕庵*9 三月…

永禄13年3月22日大住庄三ヶ村名主御百性中宛明智光秀外3名連署状を読む

曇花院*1殿*2樣御領大住庄*3三ヶ村、同南東跡職*4等之儀、今度一色式部少輔*5殿御違乱ニ付而、双方躰*6御糺明之処、(闕字)御寺様*7より御理*8之段無紛候間、御朱印*9被進之候、一円ニ可被仰付之由候上者*10では、入組*11買得方、其外南東家来等ニ至る迄、…

永禄12年11月晦日当所名主百姓中宛木下秀吉書状を読む

西五反田*1代官職事、安威兵部少輔*2方被帯補任*3、当知行以筋目、今度重而被成御下知候処ニ、理不尽ニ為本所*4御納所之由候、不可然候、如前々安兵代*5ニ可令納所候、万一於無沙汰者、可譴責候、為案内*6如此候、恐々謹言、 木下藤吉郎 十一月晦日*7 秀吉(…

永禄12年4月16日丹波国名主百姓中宛木下藤吉郎外3名連署状写を読む

<史料1> 当所*1之事、近年雖令宇津*2押領、今度被遂御糺明*3、永禄六年之誓紙・同七月廿三日任条数之旨*4、如前々対内藤藤五郎*5一途*6被(闕字)仰付*7、被成御朱印年貢諸公事物等、郷代*8江可致其沙汰之由、被仰出候也、仍状如件、 永禄拾弐 卯月十六日 …

天正8年2月3日羽柴藤吉郎百姓仕置条々(木札)を読む

この制札は天正8年1月17日に播磨国三木城を攻略した直後に発給されたもので、しばしば話題にのぼる史料である。 (木札) 条々 一、さい/\*1百姓早けんさん*2すへき事、 一、あれ地ねんく*3、当年三分二ゆうめん*4、三分一めしおく*5へき事、 一、さくもう…

文禄2年閏9月晦日島津義弘宛安宅秀安書状を読む その3/止

一、琉渡*1之事、其外条〻被仰越候、万事御家続之儀も、又八郎殿御事相究、随其候て、いか様共可申上由候、時儀*2可御心安候、 一、此表何篇替事無之候、此便急以外急*3候間、自是追〻可申入候、本源右・休意、又八郎様御上京迄此方ニ留置、爰元之御仕合*4、…

文禄2年閏9月晦日島津義弘宛安宅秀安書状を読む その2

一、治部少*1罷上刻、なこや*2ゟ薩摩へ以書状、又八郎様*3御供候て幸侃*4早〻可被罷上由、義久様并幸侃へ申越候間、定近日又八郎様可有御上洛候条、御上京次第、又一郎殿御跡目、又八郎様へ被仰付候様ニと、いかやう共/\精を入、御取合*5可申由被申候、別…

文禄2年閏9月晦日島津義弘宛安宅秀安書状を読む その1

(切封ウハ書) 「 安宅三郎兵 義弘様 秀安 参*1貴報*2 」 (切紙) 猶以、本田源右・休意ゟ具可被申入候、以上、 七月廿二日之御札、本田源右*3当月朔日之御状、休意*4同事ニ、去廿七日、於京都参著*5、両人口上并御一書、具ニ承届候、則拙者在京仕候条、委…

文禄2年8月21日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その3/止

一、とニかくニ/\、能〻思案仕候へハ、此(闕字)御朱印之旨ニ被任、重而(闕字)御朱印被申請*1、右之寄破勘落分之知行、悉当所務*2被相押御取被成候*3御調*4、専一候、今度於其地*5治部少*6ニ其段不被仰候由、被任(闕字)此御朱印旨*7、急度/\御使者…

文禄2年8月21日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その2

一、右御朱印を被相背、知行配分候儀*1、恣*2之仕立、不可然候事、 一、国中百姓・出家・侍衆ニ銀子被相懸*3、御取候事、一段不可然候事、 一、朝鮮へ出陣も不仕、或懸落*4仕、或者何之御用ニも不立もの*5ニ新知*6被遣候事、 一、恣勘落*7可仕旨、被成(闕字…

文禄2年8月21日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その1

前回までの書状を発した5日後、島津義弘・久保父子宛に安宅秀安はふたたび書き送っている。 猶以、此状御父子様御一所ニよく/\御一覧候て、 則火中可被成候、無其儀候へは、如此之儀、以来も 難申入候、以上、 態申上候、拙者乗舩渡唐之刻、以書状具申入候…

文禄2年8月16日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その6/止

一、幽斎*1下向候て、弃破勘落并ニ惣知行ニよき知行を被替取候事*2、悉跡書*3貴所御父子*4、治部少輔*5ニも可被見せ置由、先度我等中上*6仕候時、於名護屋*7ニ義久役人衆*8ニ堅申候*9処ニ、彼跡書于今不被取寄候、其上諸県之知行配当ハ、伊勢弥八*10具ニ被存…

文禄2年8月16日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その5

一、大隅・諸県*1之分ハ、最前丸目方*2ニ給*3候、如御状*4、弃破勘落*5之分、悉御蔵入*6ニ可被召置通、丸目時之御状之通急御国へ被仰遣可然候、先度者御遠慮候様ニ*7と申入候へ共、其段ハ我等分別ちかひ*8にて候、たとい薩隅諸県悉弃破勘落分可召取通、治部…

文禄2年8月16日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その4

一、治部少輔上洛仕候て、廿日経、跡ゟ*1御使者一人京都ニ被差上可然候、義久御隠居之儀、言上之上にて被仰出趣、彼御使者ニ可申下*2候、 一、義久、名護屋*3ゟ直ニ可有御上洛分*4ニ候、然時者、義久御隠居ニ付、(闕字)公儀被(闕字)仰出趣可有之候条、此…

文禄2年8月16日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その3

一、薩隅諸県当所務、御取ぬかし*1候ハゝ、又一郎様*2御家得*3を御請取候ても、京都御屋形作罷成ましく候、勿論久保御在京ニ物入可申候、其上義久御隠居分ニも、御知行可被遣候、自然*4何れ*5へ御行候共、又ハ朝鮮御陣被引取次第、大仏*6并ニふし見*7之御普…

文禄2年8月16日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その2

一、 治部少輔*1上洛次第、義久*2御隠居之儀、可言上申候、然時ハ、当所務*3已前ニ義久御隠居可有之候、然上ハ、薩隅諸県当所務弃破勘落之分、不残可被召上御分別*4、此一儀*5ニ相究候、縦先度治部少輔御直談之刻、此通於被仰究ハ、此状参著已後成共、急速ニ…

文禄2年8月16日島津義弘・久保宛安宅秀安書状を読む その1

以上、 追而申上候、 一、大隅并ニ諸県*1御知行分之儀、幽斎*2弃破*3勘落*4之以筋目*5、貴所御父子様*6御蔵納*7ニ可被召置候条、御家中衆配当ニ給置之由者、不可有御存知*8旨、御国へ御状被遣付、拙者*9熊河*10ニ逗留之刻、丸目五右衛門尉*11御使にて蒙仰候…

年未詳5月3日島津義弘宛浅野長政・稲葉重通連署状を読む

為(闕字)御意*1申入候、各在高麗奉公人下〻*2、自然*3退屈*4候而走*5候者も可有之候条、左様之族、聞付次第可有成敗候、若勾置、何角違乱之輩於有之者、可被申上候、急度可被(闕字)仰付旨、以御朱印被(闕字)仰出候、其御心得尤存候、恐惶謹言、 浅野弾…

天正13年閏8月13日脇坂安治宛豊臣秀吉朱印状を読む

(折紙) 態申遣候、仍神子田半左衛門尉*1事、対主君口答、剰構臆病背置目奴原*2思召出*3候へ者、御腹立不浅候之条、高野*4をも相払候、成其意、半左衛門尉事ハ不及申、不寄妻子共一人成共於拘置者、其方共以分国中可追払候、同秀吉違御意候輩、如信長時之、…

文禄3年7月島津氏分国検地惣奉行起請文前書案を読む

誓詞前書之事 一、義久・兵庫頭*1分領御検地惣奉行ニ被差下ニ付、私之 依怙を存、兵庫頭之為、又者治部少輔*2殿為あしき儀 仕候間敷候、兼又*3、傍輩*4被申所をかへりミす、万有 様ニ可申付候事、 一、今度上方ゟ被差下候御奉行衆、誓紙をそむかれ、無 沙汰…

天正20年9月3日福昌寺宛寺領目録・興国寺宛町田久倍書状案を読む 勘落

<史料1> 52.寺領目録 284頁*1 (義久角印) 福昌寺領目録 一、田方五拾弐町七段三畝二歩 分米五百廿七石三斗六合六才 一、畠方九町五歩大豆四拾五石二斗五升 一、山畠卅四町八畝大豆六拾石九斗六升 田畠山畑合九拾五町八段七畝二歩 右分米大豆六百三拾四…

天正15年4月2日小西見村百姓中宛帥法印歓中折紙を読む

(折紙) 観心寺*1与七郷与山之儀ニ付て申事在之条、旧冬双方召寄有様聞届、一柳伊豆守*2如折帋*3申付候処、只今七郷之内おにしミ村*4之者共、寺衆侮、薪苅候者共、日々ニ追立、及打擲刃傷之由、言語道断之儀候、当御代喧𠵅*5停止之処、背御法度与云*6、曲事…

文禄元年12月14日島津義久宛豊臣秀吉朱印状を読む

急度被仰遣候、其方事、鉄炮以下令用意、此方ニ所務*1等申付候とて相残奉公人共相改、悉召連無御渡海已前、来春*2高麗へ可罷渡候、最前雖相改申付候、可罷立者、不寄大小残居候者、猶以可被成御成敗候間、成其意、堅可申付候、留守ニ居候ハて不叶者ハ書立候…

天正20年11月5日島津義久宛豊臣秀吉朱印状を読む

天正20年8月14日、島津義久宛に4通の朱印状が発せられた。そのうち2通はすでに読んだ。 http://japanesehistorybasedonarchives.hatenablog.com/entry/20190218/1550462717 http://japanesehistorybasedonarchives.hatenablog.com/entry/20190212/1549967042…

文禄2年2月5日島津義久宛豊臣秀吉朱印状を読む

急度被仰遣候、高麗へ召連候舩頭・かこ*1共相煩、過半死之由申越候、然者、其方浦〻ニ相残候かこ共悉相改、かミ*2ハ六十下ハ十五を限、可罷渡之旨、堅申付、相副奉行*3に可差越候、自名護屋*4舩を被仰付可被遣候、無由断可申付候、此時候間、不罷出族、至後…